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【小説】 あべこべ。


 マキコのクラスに続き、二年生の合唱には凄まじい気迫があった。秀でたクラスが一つでもあれば、それに刺激されるように周りも向上する。これは、どの世界でも同じこと。私たちのバンドだって、アキという天才の影響を受けることで相乗効果的に成長できたんだと思う。
 たった一グループ、たった一人の力が、世界を変えることもあるのだ。

「なんか、この後、ステージ上がりにくいよねえ」
 トイレに並ぶ列でミウが言った。大きく伸びをしながら、首をコキリと鳴らしている。
「大丈夫でしょ! 楽しくやれば!」
「お。ヒロナ、なんか元気になったね?」
「え、そう? 自覚なし!」
 そう言うと、ミウはニヤリと笑ってから、トイレの個室へと消えた。含蓄のある笑みに首を傾げ、ヒロナも続いて個室にはいる。

 客席に戻ると、隣のクラスが準備に移っていた。次で二年生の合唱は終わり、その後は、三年生の合唱になる。三年生にとっては、最後の学校行事だ。これが終われば、卒業式を待つばかり。最後の思い出を作るべく、三年生の力の入れ込み方は、二年生以上だった。
 各クラス、コンセプトが衣装にハッキリと現れている。お祭りのような法被を着ているクラス、全員が同じメガネをかけているクラスなど。遊び、楽しむことに重点を置いている。
 ヒロナのクラスのテーマは「将来の自分」。それぞれが思う将来の自分像を、衣装やメイクで作りあげる。学生服の者や私服の者が混ざり、見た目での統一感はないが、“自分の在りたい姿”で過ごすことの方が重要だという結論に達した。
 席に戻ると、アキが緊張した面持ちで「つ、つ、つ、次の次の次だよ!」と目を大きくさせていた。

「あれえ? アキちゃん、緊張してるの?」
「う、う、うん。し、正直、バ、バンドの倍以上、緊張してる!」
 ミウはケラケラ笑った。私もつられた。
 バンドのときは、MCでどれだけ喋ろうと吃音がなくなるほどリラックスしているのに。あべこべだ。
「だ、だ、だって、か、歌詞間違ったらどうしようとか、お、お、音程外したら迷惑かかっちゃうし」
「なにそれー! アキちゃん可愛い!」
「あんた、逆にバンドをなんだと思ってたの?」
 ミウのツッコミに、さらに笑いが込み上げてくる。
「バ、バンドは、みんなが助けてくれるから、し、心配事がないというか・・・」
 それでも歌詞を忘れることはあるだろうし、演奏を間違えることだってしょっちゅうあるじゃん。とは言わなかった。それとこれとは何かが違うと思ったから。何かがね。
 ヒロナは胸の温もりを感じながら、「なんか、分かるかも!」とだけ答えた。

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