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【小説】 ライブに潜る。


 耳をつんざくような歓声。地方都市の方が、ライブは熱い気がする。ここに来たかっただけなのに、わざわざ来てくれた、なんて言ってくれる。控えめな人たち。でも、熱い。
 私たちがステージに上がると、会場が揺れた。本当に揺れた。地震とかではなくて、いっぺんに人がステージ前方に集まったから、ちょっと揺れた。毎公演、音響ブースで見守ってくれているマネージャーの阿南さんは、「HIRON A‘Sは揺れるバンド」という謎の異名をつけてくれた。そのくらい、揺れる。ライブ中は分からないんだけど、冒頭の登場だけは、揺れを感じることができる。

「会場を揺らしちゃってください」
 透明な声が天から降ってくる。殊勝な声。アキちゃんの声。だけど、その言葉は観客の気持ちとリンクしたようだった。ドン、と揺れる音がした。そして、喉を裂くような声が会場を満たす。会場の空気をキッカケに、私はハイハットを強く4回叩いた。

 リハーサルとは少し違う幕開け。本当はMCが入る予定はなかった。でも、音響さんにはマイクのボリュームは下げないでくれと伝えてあった。なにが起こるか分からない。それがライブだから。私たちはいつもそうだった。その時、その状況に合わせて変化する。特に、ここ数ヶ月間にやってきたバーやクラブでの演奏が、私たちにジャズ的なノリの楽しさを教えてくれた。
 鮮やかな照明がステージを照らす。私たちの姿が露わになる。観客の顔が晴れる瞬間が見える。「本当にいるんだ」って顔だ。いるよ、ここに。そんなに、大したもんじゃない、ただの女の子4人組だよ。
 自分たちの知らないところで、私たちは大きくなっているらしかった。リリースされたアルバムだって、まさかの月間チャートトップテン入り。日間でも週間でもないんだよ。実感ないけど、それって結構すごいよね。

 マキコちゃんが叫ぶ。「福岡いくよ!」と間奏中に客を煽る。客が湧く。伝統芸能でもみてるかのような、お決まりパターン。でも、これがないとライブじゃない。マキコちゃんは飽きることなく、きっちりと、どの会場でも同じことが出来る。「自分たちの気持ちよりも、お客さんの気持ちに寄り添う」のが彼女の信条。ジャズでも、ロックでもない。孤高に生きる、プロ意識だと思った。

 もう観客の声は聞こえない。聞こえてくるのは、自分たちの音楽の言葉。
 頭の中に直接届くギター、腹の底まで響くベース、全身を叩かれるようなドラム、そして、歌声。五感が研ぎ澄まされた私たちは、音楽に潜っていく。

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