【小説】 恋に気づく瞬間。


 リオンの拍手をスタジオの壁が吸収した。
 それでも彼は拍手を続けた。
 大人がするみたいな、空気を読んだパラパラ拍手ではなかった。

「結構間違ったところもあったけど・・・」とミウ。
「わ、わ、わたしも・・・」とアキちゃん。

 二人とも恥ずかしそうに下を向いているが、何かを掴んだような充実感も滲ませている。そんな二人をみて、羨ましくなった。二人に楽器のコンバートをお願いしたのは私なのに、挑戦にもがく姿に嫉妬する。お願いした当初の不安はどこへやら。二人とも楽しそうに頬を桜色に染め、緊張の汗で額を湿らせている。
 私は、さっぱり爽やか、慣れたモノ。緊張も汗も、なにもなかった。

「ピアノ、すごくよかったと思う。もちろんミスもあると思うけど、段違いに音が滑らかになったし、何より4人の調和が素晴らしかった。お互いの音を聞き合って、溶けていくみたいな。たぶん、仲が良いからできることなのかもしれない」

 リオンくんは数分前の出来事を思い出そうとしてるみたいに、目を左右に動かしながら話した。真っ黒の髪、大きな目、とんがった鼻とあご。白くて細い首、腕、指。身長は決して高くなく、いや、むしろ男子の中では小柄な方だ。なのに、声はテノールの男性ボイス。なんか、ギャップがある。
 この人は、身振り手振りをつけながら話す人なんだ。それでいて暑苦しくない。必要最低限の言葉を探しているみたいに話す。

「あと・・・、歌がいい」

 リオンくんは、ポツリと言った。
 その言葉を聞いて、みんなが一斉にアキちゃんを振り向いた。

「え、あ、わ、私? いや、ま、まだ歌詞とかおぼろげだし、ベ、べベ、ベースに必死だったから、ぜ、ぜ、全然アレだったんだけど」
「違う、生きてる意味を探してるみたいだった・・・」

 二人だけにスポットライトが当たったようだった。
 私を含めた、その他のメンバーから時が奪われる感じ。
 二人だけの世界。二人だけに通じ合う言葉。二人だけのモノ。
 胸がキュッと縮む。痛かった。
 その時、初めて私は、リオンくんに恋をしていることに気づいた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?