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【小説】 自己責任

【ミウ】

 勉強と恋愛とバンドの全てを成立させたかった。
 どうしたって優先順位は生まれてきてしまうが、それでも諦めたくない。
 特に勉強は点数として結果が出てしまう。だから、自分の時間を無理矢理にでも割くしかなかった。
 だったら、勉強する時間の中に恋愛要素を混ぜてしまえばいい。
 息を吸い込むだけで身体中がベタつくが、それでも遠くの予備校まで来ているのは、中草くんと会うためだった。

 「おはよう!」

 夏休みだというのに、毎日電車通学を続けている。こんな経験、一生に一度だけにしたい。
 駅で中草くんと待ち合わせて、一緒に予備校へ通う。授業がなくても、自習室で勉強ができるから、毎日通う。本当の学校に通うみたいに。同じ時間に。
 受験生なんだから、しょうがない。

 「ごめんね、ちょっと遅れちゃった!」

 「全然、大丈夫! 謝ることじゃないよ」

 朝から夕方までの勉強。家に帰ってからはベースの練習。金土日はバンド活動。この繰り返し。ヒロナとアキは「私たちは学校の宿題だけで精一杯だから」と言い放ち、予備校には通ってない。マキコは2年生だが、この夏から地元の予備校に行ってる。
 身体はヘロヘロになっても、彼氏と会う時間があるだけで、心が満たされる感じがする。

 「中草くんって、遅刻に寛容だよね。文化祭の時もそんなことなかったっけ?」

 「そうだっけ? 全然覚えてないけど、確かに遅刻に関しては何にも思わないかも」

 「だから、ちょっと甘えちゃってるんだと思う。ごめんね」

 「いや、本当に謝ることじゃないから! だって、普通遅刻するでしょ」

 「どうして?」 

 中草くんの前になると、自分が女であることを目一杯自覚してしまう。テンションのギアが二つくらい上がるし、たぶん、声も高い位置になっている。
 付き合って2年が経とうとしているのに、そういうところは変わらない。

 「だって、バンド活動もあるんだから。疲れてるだろうし。もしかしたら、朝に何かトレーニングとかをしてるかもしれないでしょ? なんか、そんなことが分かるし、想像できるからさ。本当になんとも思わないんだよね」

 「なるほど」

 彼は想像力が豊かで、内面が驚くほど成熟している。だから、たまに物足りなくなることもあるが、初彼氏としては申し分ない。

 「学校では遅刻はダメかもしれないけど、予備校だし。別に。遅刻くらい許してもらえるもんね」

 「確かに! 塾とかって、あくまで“自己責任”っていう世界観だから、親がクレームをつけることもないし。遅刻しても悪い点数取っても、怒られるってことはないよね」

 「悪い点数だったら怒られるでしょ!」

 「あはは! あ、そっか!」

 この時間が心の支えになっている。好きな人と会話をしてるだけなのに。気分が明るくなるし、みんなから言われる“クール”なんていうイメージはまるでなくなる。

 「でも、緒方の視点は、やっぱり面白いわ」

 褒め上手め。どこまでいい奴なんだ。文武両道で、イケメンで、学年の人気者のクセに。少しは弱点があっていいはずだろう。それでいて、私みたいな地味な人と付き合うなんて。本当に変わってると思う。

 「確かに、学校にはクレームを入れても、塾にクレームを入れてる人の話ってあんまり聞かないよ。なんでだろうね。お金を支払ってるんだから、学校以上にクレームがあってもおかしくないのに」

 「やっぱ、“自己責任”って世界観がちゃんと出来上がってるからじゃない?」

 「そうなんだねえ。成績なんてあくまで自己責任。予備校に来たって、勉強しない人は変わらない。それをみんな自覚出来てるんだろうなあ」

 「うん、そうだと思う。だから遅刻しても『授業受けれなくて、損するのは自分』って雰囲気じゃない?」

 「確かに。実際、先生たちもそう言ってるしね」

 「親だって、『高い授業料払ってるんだから、このままの成績なら、行かせないよ』なんて言って、ちゃんと子どもを叱るし」

 「『高いお金を払ってるんだから、うちの子の成績がちゃんとアップしてもらわなきゃ困りますわ!』 とか先生に言われてもね!」

 中草くんが誰をモデルにしてるのかは分からないが、どこかのマダムのモノマネをした。鼻にかかった声を出し、表情豊かに演じる姿が面白い。彼のポテンシャルがあれば、きっと、俳優にもなれるだろう。

 「でも、学校よりはクレーム少ないだろうから、それが不思議だね」

 「みんな、心の中では“自己責任”であることは分かってるはずなのに。特に親とかは認めたくないんだろうなあ・・・。自分の子どもに期待しすぎてるのかもしれないね。ボクの中学であったんだけどさ。集合写真の立ち位置にクレームをつけた人がいて、あれは痺れたなあ」
 
 急にマキコのことが頭に浮かんだ。
 きっと彼女は親の期待というオリの中にいたんだろう。だからこそ強くなれた部分はある。しかし、バンドをキッカケにオリから飛び出すことができた。
 それがいいことなのかは分からない。でも、それも含めての人生なんだ。

 「まあ、学校に限った話じゃないよね。人生、結局、自己責任なんだから。自分の選択に後悔しない生きたを選びたいよ」

 中草くんも同じ意見なんだと思った。
 人生、自己責任。一見、残酷に感じるかもしれないけど、だからこそ相手を大切にできるんだと思う。
 私は、勉強、恋愛、バンドの全てを取る。欲張りと言われてもいい。
 自己責任なんだから。
 誰かが私の代わりを務めることはできないんだから。
 
 彼の手をそっと握り、指と指を絡ませる。
 彼はこちらを見てから、ぎゅっと手を握り返し話、を続けた。お互い手に汗をかいていた。

 考え方はいくらでも存在する。
 私にとっての“自己責任”は、とても愛に満ちている。 
 ベタつく身体が、フワッと軽くなった気がした。

 2300字 1時間47分

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