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【小説】 楽しくないライブ。


 誰が見ても順風満帆なバンド人生だった。デビューして間も無く注目を浴びて、人気者になった。知名度に自分達の技術が追いつかず、苦しんだこともあったが、私たちは努力を怠らなかった。楽器には時間が刻まれる。練習の軌跡が演奏に現れる。それこそが私たちの売れた要因だとも思ってる。
 誰も慢心しなかった。現状に甘んじる者が一人もいなかった。日々の積み重ねを後押しするように、大きな会場、贅沢な環境を与えられ、演奏技術は掛け算のように向上していった。もちろん、まだまだ未熟な部分はあるけれど、少なくともプロとしての域までは到達できたと思ってる。技術が追いつく頃、各々の活動幅も大きくなり、ソロ活動、女優活動、執筆活動、作曲活動と、枝が次々分かれていった。大きな幹は、ようやく枝を伸ばし、葉を繁らせていく。大樹として存在感を増していった。ここまで大きくなってしまうと、嫉妬の目からも抜けることができる。誰も真似できない。真似しようとも思われない。独自のポジションを確立した。

 春のワンマンライブ。アリーナツアー。見渡す限りの人、人、人!
 誰もが憧れる会場。夢みた空間。私たちを待ち合わせ場所にして、多くの欲望が集まった。もちろん、純粋に音楽を愛してくれている人もいる。応援してくれてる人がいる。でも、それだけではない。私たちに向けるイヤらしい視線もあった。獲物を捉えようと爛々と黒光りする目が、いたるところで瞬いている。人間のエネルギーで満ちていた。
 しかし、私たちにとって、そんなことは問題ではなかった。

 演奏中、ずっと気になるのはアキちゃんの変化だった。一人だけ異色のオーラを放っている。同じステージに立っているはずなのに、テレビの画面を見ているみたいに、音楽から言葉が聞こえてこなかった。
 言動に変化があるワケではない。むしろ、立ち振る舞いは何も変わらない。普段通り。人との距離感も、話し方も、いたって普通だ。それなのに、演奏だけが変わってしまったのだ。

「アンコールありがとうございまあすっ!」

 マキコちゃんのMCに会場が揺れた。腹の底から響くような振動を感じる。肌がピリピリと痺れた。身体は純粋に反応しているが、私の心は凪いでいた。自分を俯瞰しているように、意識から離れてバンドを見ていた。
 すぐに演奏に移る。ギターが世界の産声を上げて、ドラムはロボットみたいに正確にビートを刻む。ベースはボツボツと石のような雨を降らし、キーボードが甘くてカラフルな風を吹かせた。演奏の呼吸は合っている。技術も安定し、不安要素は見当たらない。見当たらないはずなのに……。

 アキちゃんの甘美な歌が会場を占領した。
 彼女の声が入ると、全ての演奏が消えてしまうのだ。そこに私たちの存在はなかった。一人で歌っている。もちろんツインボーカルのマキコちゃんの声も聞こえてこない。音楽の全てを独占してしまう歌だった。私たちが入る隙間もなく、一人で完結した演奏。スポットライトの全てを取り込み、誰にも渡さない。でも、それで十分、会場を満足させることができてしまう。誰もがアキちゃんの歌に酔い、圧倒されてしまうのだ。
 私たちはアキちゃんの影だった。ソロ公演のサポートスタッフみたいな感じ。同じバンドのはずなのに、同じ場所に立てていない。
 こんなライブ、なにも楽しくない。

 誰もが順風満帆なバンドだと思っていた。
 自分たちでも驚くくらいに、世間の波に乗っていた。
 でも、ドラムを叩きながら見る景色は、さほど美しいモノではなかった。

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