【小説】 聖域
ドラムを叩く。
それから曲を作る。歌詞を書いて、メロディを入力する。鼻歌で作って、キーボードで音にする。やっぱり、創らないのはイヤだ。ヘタなのはいい。でも目の前から曲がなくなるのはイヤだ。バンドをしている時だけが、この世の汚いアレやコレも全部忘れられる。
「人生、死ぬまでの暇つぶし」と言った父の言葉が耳朶を打つ。
ミュージシャンになりたいワケではなかった。これっぽちも思っていなかった。でも、アキちゃんに出会って、バンドがやりたくなっちゃって、曲を作ったり、練習するのが好きだった。生きてる感じがした。最高の暇つぶしを見つけてしまった。
血マメが潰れてドラムスティックに血がつく感じとか、日に日に手が大きくなる錯覚を起こす感じとか、ドラムペダルを踏み込む方の右足だけが若干太くなっちゃう感じとか、全部面白い。遊ぶ時間もお金も何かもかも、ドラムに注ぎ込んじゃった。おかげで少し音がまともになった。まだ、正確なリズムが刻めているかは分からないけど。誰がみても、ドラマーと言えるくらいにはなった気がする。まだまだ、だけど。
メンバーみんな、大人になった気がする。
この前まで高校生だったクセに何を偉そうに、って言われてしまうかもしれないけど、本当にそう思うんだから仕方ない。実際、私とアキちゃんは大学に行かず社会人になっている。肩書きは、恥ずかしいけどミュージシャン。アルバムを出したり、ライブをしたりで、お金もそこそこもらってる。同級生と比べたら、圧倒的に稼いでる。本当に大人になったんだよ。
ミウは大学生だし、マキコちゃんはまだ高校生だけど、二人とも少ない時間で相当練習しているのがわかる。人相が変わったし、性格も変わっちゃった気がする。ミウもマキコちゃんも、おおらかになった。たぶん、色々諦めた境地なんだと思う。遊ぶ暇がないんだから、しょうがないよね。本当に大切にしているモノ以外は、切り捨てないとやってられない。友情だって、恋愛だって。こんなの、子どもにはできないよ。
ツアータイトルでもある『祝発』の後奏に差し掛かった。スタジオ内には熱気がムアムアと充満している。この曲が終わったら、一旦休憩かな。ギター、ベース、ドラムの音だけが響く。みんな涼しい顔をしてるのに、アンプからは轟音が響いてる。
私は後奏が好き。歌が終わった後の世界、言葉がなくなった世界が広がっているから。鳥が初めて飛び方を覚えるみたいに、曲は最後に翼を広げて、空高く昇っていく。自分たちの手元から離れていく感じがするのが、いい。すごく、好き。寂しさもあるんだけど、やっぱり達成感がある。
全員が同じタイミングで最後の音を鳴らした。
ふぁん、と音の余韻が生まれ、すぐにスタジオの壁に吸収されていった。
でも、耳の奥にはキンキンと音が残ってる。みんなで、その感覚を共有する。
私たちだけが味わうことができる、聖域。
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