![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/86700234/rectangle_large_type_2_d10aeb6ee94b445f6d2f31f0f8416654.jpeg?width=1200)
【小説】 久々のスタジオ練習。
スネアドラムをジャジャジャンと叩く。みんな一様にアンプのつまみを捻り、エフェクタを足でガシガシ操作しながら、ギュアンギュアンと爆音を響かせていた。スタジオにキーボードはなかった。ミウがベースで、アキちゃんとマキコちゃんがギター。私がドラム。懐かしの高校時代の編成だ。
「なんか久々ー!」
轟音のなか、声を出してみたけど、誰にも届いている様子はない。各々が、過去にタイムスリップしたかのように、自分の音楽の中に入っている。特に楽器が戻ったミウとアキちゃんは、野に放たれたかのように振動を味わっているように見えた。チラッと目が合ったのは、マキコちゃんだった。
「懐かしいですね」
「ほんと」
アイコンタクトだけで、そんな会話を交わす。ふっと口角が緩んだ。しばらくすると、音がやみ、みんなの視線が揃う。
「じゃあ、懐かしの曲、やってみよっか?」
「えー、なににするの? 弾けるかな?」
ミウは照れ臭そうに、ベースを撫でながら言った。
久しぶりに集まったスタジオ。この場には、なんの目的もない。
「『ドリームキラー』とか?」
「やだぁ! 恥ずかしい」
『ドリームキラー』を作曲したマキコちゃんは顔をブンブン振った。頬が紅潮し、桜色の唇がキュッとしまっている。肌はモチモチというよりも、ピカピカするほどの張りがあり、目元にはナチュラルだが、はっきりとラインが引かれている。眉は整い、髪には艶がある。もう誰が見たって大人の女性だ。「女優」なんてニックネームがついていたけど、今や彼女は本物の女優さんになってしまった。
「じゃあ、ヒロナさんの『登校』にしましょうよ! 作曲の原点にもなった曲でもあるわけだし!」
「ええええ! でも、私はアキちゃんの『ボクのハナシ』が曲、スキー!」
「そんな、やっぱり、ミウちゃんの『時計』にしようよ!」
懐かしい曲名が次々に呼ばれた。一人一曲作るなんて課題を出して、なんとか捻り出したんだっけ。バンドが何かも分からずに、勝手なイメージだけでロックバンドをやっていた。あの頃がロックンロールのピークだったのかもしれない。イマジネーションをフル稼働させて、世界がロック一色だった。
「どうせだし、全部やろうよ!」
私の言葉を聞いて、みんなは呆れ顔。
でも、今日、集まったことの意味を見つけたような気がした。たぶんそれは、私だけでなく、みんなも同じ。だから納得して、それぞれが楽器を構えたんだと思う。
バンドが売れて、個々での活動が増えた。一緒にいる時間が短くなり、コミュニケーションが減った。心の摩擦がどこかで生まれて、特に私とアキちゃんの間には決定的なズレができた。バンドの曲だって、ほとんどはアキちゃんが書いていたのに、今や私の書いたモノばかりになっている。抗いようのない変化、成長、進化の波に乗って、遠い場所まで来てしまっていた。
「じゃあ、まずは、アキちゃんの『ボクのハナシ』から」
みんな、無言で頷いた。小さな緊張感があった。
このバンドはアキちゃんがいたから始まったのだ。そして、アキちゃんという歌の天才がいたから、ここまで来れた。それなのに、それなのに!
恋愛って面倒だ。当人同士でも大変なのに、そこに恋のライバルだったり、他人が関わってくるもんだから、余計複雑になってしまう。アキちゃんは声を失った。私のせいで、傷つけてしまった。
「アキ、声がしんどかったら、無理しなくていいからね?」
ミウの優しい声がスタジオの壁に吸収される。
今日、初めてアキちゃんの声について触れた。
「ありがとう、でも……、もう大丈夫だから」
アキちゃんはにっこりと笑った。
そして、ブラックホールのような黒目を私に向けた。
私はコクンと頷いて、ドラムスティックを力一杯叩いた。
アキちゃんの透き通った声がした。どこからも空気が抜けていない。
少年が叫んでるみたいに、強くて繊細で、脆い声だった。
ミウのベースがズンズン踊り、アキちゃんのギターがピョンピョン跳ねている。マキコちゃんは、感慨深そうに頭を揺らしながら穏やかな表情を浮かべていた。
アキちゃんはリハだというのに本域で歌い上げた。この子の歌はスタジオには耐えられないほどのエネルギーがある。あまりのスケールの大きさに、世界が崩れてしまうかと思った。とても声が出なかった人には思えない。むしろパワーアップしてるようにも感じる。彼女の力に圧倒されないように、誰もが必死で楽器とぶつかった。
「ボクのハナシを聞いてくれ」という歌詞が繰り返される。
その言葉が物質化したかのように、私の胸を何度も殴った。
だから、私は涙を必死に堪えながら、応えるようにドラムを叩いた。
痛くて、痛くて、たまらなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?