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Chapter18


 「マキコ、ごめん、明後日の夜って空いてる? 飲み会手伝ってくれない? オサムも来るから」
 久しぶりにハルからSOSの連絡が届いた。
 藤野ハルと佐川オサムが付き合っていることを知っているのは、おそらく社内では私だけ。
 それなのに、わざわざオサムと私を連れ出す飲み会とはなんなのか。
 スケジュール帳を開くと、明後日は別の飲み会の予定が入っていたが「オッケー! 空いてるよ!」と返信をした。

 「ありがとう! 今日、ランチの時、詳しく話す」
 「わかった! じゃ、のちほど!」
 ハルとのLINEはいつも簡潔で早い。
 用件だけを伝えて、詳しくは電話や食事中に話す。
 これが私たちの当たり前で、メールやLINEはただの伝達手段の一つだと思っていたが、後輩から「岸田さんって電話派ですよね」と言われたときには、衝撃を受けた。
 電話派もなにも、入社当時は今のようなスマートフォンは存在しなかった。
 携帯電話は普及していたが、SNSや便利アプリなどもない。
 だから予定を合わせる作業はとても大変で、スケジュール帳は必須。
 メールよりも電話をすることが当たり前で、確実。
 そして、“大事な話は対面で”という教育を上司から受けてきた。
 しかし、時間は平等に配当され、進んでいってしまう。
 文明の進化とともに、新しい価値観が生まれ、自分たちの価値観が古くなったことを感じることが増えてきた。
 若者は電話よりもLINEやSNSでの連絡を好み、そこで何度もやり取りを交わすことの方が大事らしい。異性間の告白すらも、メッセージで済ませてしまうそうだ。
 自分の老いを感じるほどに親友の存在は大きくなる。
 戦友であり、親友でもある藤野ハルからのSOSに応えないという選択肢はなかった。

 「朝倉からの連絡が多すぎて、困ってるんだよね」
 大好きなイタリアンでランチを食べ、コーヒーで一息つくと、ようやくハルは本題に入った。
 てっきりオサムとの関係についての相談だと思っていたが、彼女の口から出てきたのは、中途採用で入社した若手ホープの朝倉アオイの名前だった。
 「これ、みて」
 彼女は朝倉とのLINEを見せてくれた。
 彼は一文ずつ分かれたメッセージを一方的に送り、ハルの返信がなくても「仕事終わりました!」「起きました!」「ご飯を食べに行きます!」と一日中連絡が続いていた。
 どうやら半年ほど前に、朝倉が立ち上げた仕事に噛んでいたハルは、それ以来何度か彼と連絡をとっていたそうだ。
 はじめは仕事の連絡だけで普通の関係だったが、プロジェクトが落ち着いてから徐々にプライベートの連絡が増え、映画のプレミアム試写会に彼と行った日を境に、暴走が始まったらしい。
 食事の誘いの連絡もあまりにも多く、そろそろ行かないと身の危険を感じ、私たちと一緒なら、なんとか気も紛れるだろうという相談だった。

 「ハルがハッキリと断らないからだよ。私だったら、バッサリいくのに」
 「そうなんだけど・・・、会社的にも彼に対する期待があるしさ。ストーカー的なのも、まだ若いからしょうがないのかなって。だから、なんとか傷つけないようにしたくて。オサムとマキコ、二人がいた方が、その場が楽しく収まるのかなって」
 「まあね・・・。わからんでもないけど」
 私たちには会社に貢献してきた自負があった。
 だからこそ、会社にとっての優先順位をいち早く察知することもできた。

 会社は朝倉アオイに期待している。
 この揺るがぬ事実が、彼をあらぬ方向へ暴走させ、私たちの脅威となった。
 しかし、この時の私たちの判断が、佐川オサムに降りかかる不幸への始まりだったとは思ってもいなかった・・・。

1時間55分。1490字

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