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【小説】 2度目の出会い。


 ギターのアルペジオが響く。ポロポロンと指が弦をはじく音。アンプに乗って、エレクトリックな音が拡張される。「卒業の唄」という曲が始まった。別れ、がテーマになった曲で、学校、恋人、人間関係、そして過去の自分に別れを告げる。子どもから大人に変化していく心情を表現した楽曲だ。この曲は通常とアコースティックの二つのパターンがあり、この日は通常バージョンをやる予定だった。

 アキちゃんの歌い出し。スウっ、というブレスがマイクに乗る。無音から声になるまでのグラデーションがそのまま音になる。息の量に合わせて掠れ声が漏れてきて、徐々に芯が現れる。命が宿るような歌い方だった。川のせせらぎみたいな優しい声。冷たくて気持ちのいい声が、アルペジオに乗って観客に流れていく。アキちゃんだけの世界。彼女にだけスポットライトが灯るみたいに、周りの景色が真っ暗になった気がした。

 Bメロからはマキコちゃんが歌に加わり、ベースやドラムの存在感も増していく。ポツポツと、ろうそくの火が灯るみたいに世界が広がっていく。孤独だった自分に友達や仲間や恋人ができて、共に青春を駆け抜けるようなイメージだ。そしてサビに入ると、みんな、それぞれの道を歩んでいく。自立するのだ。
 しかし、私はこの曲を作る上で、自立した人間の力強さよりも、ある種の悲しみを表現したかった。一人で生きていくしかない、という悲しみを孕んだ曲にしたかった。実は、通常バージョンの演奏では、自立の方が前面に出てしまい、明るくて希望に満ちた青春ソングになってしまう。だから二つのパターンを用意した。アコースティックの時は、アキちゃんのソロになる。世界が孤独のまま、曲は進んでいく。

 いつもだったら、マキコちゃんが加わったところから、アキちゃんは一歩引き、曲のバランスを意識する。でも、この日の演奏は少し違った。
 アキちゃんが一歩も引かず、孤独を叫び続けたのだ。だから、パッション溢れるマキコちゃんとぶつかった。観客には伝わらないが、ステージ上の誰もが違和感に気付いた。あれ、どうした、アキちゃん。いつもそんなに強かったっけ? 負けじとマキコちゃんもエネルギーを解放するから、サビにいくにつれて、二人の主張はさらに激しくなる。まるで喧嘩してるみたいに、赤い感情と青い感情がぶつかった。

 自立したはずなのに。
 一人で走ってるはずなのに。
 ボロボロと涙がこぼれてしまう。

 二人の叫びによって、そんな風景が浮かび上がった。
 曲は新しいステージに飛躍した。

 突然のアキちゃんの変化は、バンドに大きな力を与えることになった。
 曲の中盤に差し掛かると、圧倒的な存在感と華を持つマキコちゃんを、アキちゃんが飲み込んでしまった。その結果、青春ソングが悲痛を孕んだ人間讃歌へと転化し、奥行きがグンと広がることに。そのパワーは凄まじく、お客さんにも熱は伝播してるみたいで、ハンカチで目を拭う姿も多かった。
 曲が終わると地割れのような拍手と歓声で会場は包まれた。この日、一番の感動が生まれた気がする。でも、観客のリアクションとは反して、私たちには不思議な緊張感があった。一体、何が起こったのか把握しきれていなかったんだ。

 その後の曲も、ことごとくアキちゃんが世界を丸飲みしていった。というか、アキちゃんの力に誰も追いつくことができない感じ。アキちゃんの本当の実力を目の当たりにした。次元が違う。それは恐ろしさを感じるほどだった。アキちゃんを中心にライブが進み、世界が回る。

「ああ、やっとアキちゃんに出会えた」


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