【小説】 華やぐスタジオ
ミウのピアノ指導を理由に、森口リオンをスタジオに召喚した。
召喚という言葉がぴったりハマるくらいスタジオの空気は変わり、変な緊張感があった。マキコちゃんは仄かに甘いパルファムを香らせているし、ミウもほんのりメイクをのせている。アキちゃんだって、よそゆきコーデでリハーサルに挑んだ。かく言う私も爪を黒く染め、目元にラインを引き、唇の紅色を際立たせ、大人な雰囲気を演出している。
華やぐスタジオに一人現れた、リオンくんは帰る場所を失った子犬みたいに小さく震えて見えた。しかし、楽譜を握りキーボードの前に座ると一変、指ならしのために、キーボードを鮮やかに叩いた。グランドピアノとキーボードはまるで違うはずなのに、リオンくんはいとも簡単に私たちを感動させた。
「わお・・・」
全員が、そう呟かずにはいられないほど滑らかな指さばきだった。戯れるように鍵盤を叩く姿に生唾を飲む。震える子犬というよりも、大海原を遊泳する鯨とかイルカのような美しさだった。1分も経っていないと思う。指ならしが終わると、リオンくんは静かに「キーボード弾くの、久しぶり」と嬉しそうに口を開いた。
そして、楽譜に目を落としてから、口角をあげ、ポロンと曲を弾き始めた。
とっくに散ったはずなのに、スタジオに桜混じりの風が吹いた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?