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【小説】 リハーサル


 全国ツアーに向けて本格的なリハーサルが始まった。
 最低10曲、主要都市では15〜20曲を披露しなければいけないこともあり、1ヶ月という長いリハーサル期間を設け、徹底的に練習をすることになった。マネージャーの阿南さんからは「こんなにリハに時間をかけるのは初めてなんだけど、みんなに与えられた一番の武器は“時間”だと思うから、頑張っていこう!」と言われた。熱い語気と、申し訳なさそうな表情だった。1ヶ月間もリハをするって、異常なんだろうな。

 とはいえ、最初の二週間はいつものリハーサルと何も変わらない。ひたすら曲合わせの時間。変わることといえば、スタジオにスタッフがいるってだけ。
 初の全国ツアー、初のアルバムツアー。タイトルは「祝発」と書いて「しゅっぱつ」。恥ずかしさもあるけど、いい名前だと思ってる。高校を卒業し、新たなスタートを切る自分達の歌。音楽の世界で闘うことに決めた、覚悟のアルバムだ。それに加えて、ピアノロックの書き下ろし曲までも披露する。詰め込みすぎなライブだよね。

 マキコちゃんが高校生だから、毎日のリハーサルは夕方から始まった。
 家を出る頃、空は綺麗な水色だった。空に水たまりができているみたい。でも、スタジオに着くころには、そこに朱色が加わる。帰宅する学生や会社員とすれ違い、電車はガラガラ。時間や世界を逆走してるみたいな気持ちになる。

 これから夜になるというのに、スタジオに入るときは「おはようございます」と挨拶をする。マネージャーさんの他にも、制作スタッフ、舞台スタッフがスタジオの隅の方でパソコンをカタカタと叩いていた。私をみると「おはよう」「お疲れ様です」なんて声が飛ぶ。へんなの。
 マキコちゃんはアンプに繋がれていないエレキギターをペンペン弾いて、指の確認をしていた。学校で疲れてるだろうに、この子のプロ意識には本当に感心させられる。彼女はギターに目を向けたまま「おつかれさまでーす」言った。「熱心だねえ」と答えると、マキコちゃんはキッと目尻を尖らせて「学校あるから練習が足りないんですよ」とボヤいた。美人は怒ると迫力も増す。おお、こわいこわい。
 リハ時間が近づくとアキちゃんがやってきて、ギリギリにミウがスタジオに入った。軽く雑談をすると、早速、音合わせに入っていく。ミウは「もうちょっとのんびりしてからやろうよ」なんて言ってたけど、やっぱり大人が同じ空間にいると真面目になってしまうよね。

 アンプに繋がれたギターとベースが、ジャンとかブインとか、腹にズンとくる音を響かせると、途端に全員にスイッチが入る。ロックンロールの助走が聞こえた気がした。お互いに目を合わせて存在を確認すると、私はドラムスティックを鳴らしながら、「ワン、トゥー、スリー、フォー」と言った。

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