【小説】 なるようになれ。
「なにボーッとしてんの?」
じっとりした声が耳をかすめ、ハッとした。隣を見ると、目を三日月形に曲げたミウが「ねえねえ」と言っている。悪い顔だ。
「いや、別に。ただ、あのピアノの男の子、上手いなあって思って・・・」
「それで目をハートにしてたってわけ?」
「は!? 別にハートになんかしてないよ!」
悪魔みたいにミウはケタケタ笑った。しきりに「そっかあ」「ふうん」などと呟き、舐め回すようにジロジロとこっちを見た。
「わ、わ、分かるよ、ヒロナちゃん。私も素敵だなあって思ったもん!」
ミウの奥からアキが声をかける。一体、なんのフォローなのか。二人してニヤニヤと意地悪な顔をしている。
「え、じゃあ、アキとヒロナはライバルかあ!」
挑発するような声を出すミウ。即座に「い、い、いやいや! わ、わ、私はそういうんじゃないよ!」と否定するアキ。
ちょっと、待ってよ二人とも。
「そういうんじゃないってどういうこと!」
心の声が言葉になっていた。炭酸が弾けるみたいに笑う二人。感じ悪い。
私が、さっきのピアノの男の子に恋をしたって言いたいの?
いやいや、ただの演奏だから。演奏に感動しただけだから。
恋とか、そういう話じゃない。
「一年生なのに、すごいよねえ。名前、なんていうんだろうねえ」
ミウは私の話なんて無視して構わず話を続けた。
「ちょっとさ、聞きにいこっか!」
あまりにも強引に進む話に思わず待ったをかける。
「ミウ、なに言ってんの? 私たち、今日が最後の高校ライブなんだよ? そんなこと言ってないで、集中しなよ」
「なにを今更集中することがあんのさ! もうリハも終わったし、やることはやってるんだから、大丈夫! それより、あんたの胸のザワつきをライブに持ち込む方がよっぽど問題!」
「そうそう! げ、げ、原因が分かるなら、す。す、すぐに解決したほうがいいよ!」
「アキちゃんまで! もう! 全然違うのにい!」
ミウは子どもの手を引くみたいに、私を無理矢理持ち上げた。もういいや。なるようになれ。
客席を抜けて、楽屋口へ向かう。投げやりな気持ちになっているはずなのに、鼓動は徐々に速度を上げた。
この感じ、なんか、懐かしい。
ヒロナはアキと初めて出会った時のことを思い出していた。
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