大人の階段と根拠のない自信(ヒロナ)

【茂木ヒロナ】

 人の多さに驚いた。
 明月高校の文化祭は、地域でも有名なくらい、質が高いらしい。
 確かにクラス企画の出し物にしては、ミウのクラスの“ジェットコースター”をはじめ、お化け屋敷、脱出ゲームと、どれも手の込んだ企画が多く、飲食系の出店は各部活が担い、わたあめやタピオカ、たこ焼き屋などなど。
 文字通り「お祭り」として地元の人には認識され、その人気は地域新聞に載るほどだった。
 夏をしめくくる風物詩として、老若男女を問わず、愛されていた。

 クラス企画の準備が終わって落ち着いていた私とアキちゃんは校舎内をプラプラと散歩していた。午前中だというのに噂通り人の多さに目眩がしたが、人生初めての文化祭に私たちは浮き足立っていた。
 すれ違う人は皆、笑顔を顔に浮かべていたが、どこか夏にお別れを告げるかのような寂しさも滲んでいる気がした。
 今年の夏が、これで終わる。
 
 「なんか不思議ー! 朝、目が覚めた時は『いよいよきたなあ』って緊張してたんだけど、今はあんまりかも!」
 「わ、私は興奮! ・・・ふ、二人と一緒にステージに上がるなんて、ゆ、ゆ、夢みたい!」
 アキちゃんは、圧倒的なパフォーマンス力を持っているが、人前で披露することへの欲望はなく、音楽を楽しむこと、私たちと作り上げることに一番の価値を置いていた。大袈裟に感じるほど「一緒に作る」ことを喜び、練習だろうと、いつも燃え尽きてしまうほど全力だった。
 公園で1人で演奏していたせいなのか、人に見られるという緊張感はないらしい。リハーサルの段階から気持ちが昂り、テンションが高くなっていた。

 ミウのクラスを覗いてみると、機械の調整をしている彼女の姿が目に入った。
 遊園地にあるかのようなトロッコとレールで作られた、完成度の高すぎる“ジェットコースター”に驚愕した。これは間違いなく、今回の文化祭で一番の人気企画になるだろう。こんなものを作りながらバンドの練習に来ていたのかと改めて思い返すと、彼女の気力がよりうかがえる。
 特に最後の6日間のミウの進化速度は凄まじかった。
 日に日に濃くなる目の下のクマが睡眠時間を物語っていたが、パフォーマンスの成長曲線はうなぎのぼりに上がっていた。限界を感じさせないほどの進化を目の当たりにすると、さらなる向上心も沸き上がる。
 アキちゃんには及ばないが、我ながら褒められるクオリティにまでバンドパフォーマンスの質を持っていくことは出来たという自負があった。

 「ミ、ミウちゃんって、ク、ク、クールに見えるけど、熱いよね」
 「ね! 分かる? 本当はすごく熱いのに頭で考えちゃうから、いつも自分で限界を決めちゃうんだよ! まあ、その冷静さがあるから、文武両道というか。私は勉強を教えてもらって、ここに入学できたんだけどね! 一長一短ってやつだよねえ」
 「ふふふ・・・ほ、本当に二人は、す、す、素敵だと思う。な、な、仲良しで羨ましい」
 「なんでよ? アキちゃんも親友でしょ?」
 「ふふふ・・・あ、ありがとう・・・」
 アキちゃんは私みたいにキャッキャと騒ぐ子ではない。
 それでも、人一倍喜びを感じているのが分かる。
 私の何気ない一言に、彼女は照れたように顔をほてらせ、首筋に小さな汗の粒が現れた。

 ミウに「頑張ってねー!」と声をかけると、クラス中から「おお! バンド見にいくからなー!」と逆に励まされてしまった。
 クラスの中心で、汗を流しながら手を振り返す彼女の姿は美しく、私の知らないミウの姿を見た気がして、胸がチクリと痛んだ。
 考えたくはないが、私たちは必ず大人になってしまう。
 身体が赤ちゃんを産む準備を始めた頃からだろうか・・・、“楽しいこと”に逃げこむようになった自分がいる。
 何かに没頭していなければ、自分が女であることの“現実”という名のゲージの中に放り込まれてしまう気がしてしまう。
 直感で行動することが増え、楽しいことを常に探し続けているのは、ある種、時間への抵抗なのかもしれない。
 ミウは、輝いていた。

 質が高いのは出し物だけではない。
 体育館ステージで行われるイベントも同様で、特にミスコン、ダンス、和太鼓演奏は多くの人を集めるようだ。
 昼に行われるミスコンの前に、ステージ機材、照明の最終チェックをしていると客席はすでに多くの人で賑わっていた。出店に来ている客層とは打って変わり、観客には他校の制服や、同年代に見える人が圧倒的に多かった。
 ステージイベントは生徒の色が濃く出るのだろう。高校生とはいえ、あらゆる欲望の熱気が充満していた。
 私たちのバンドライブはダンスショーとトリのミスコン最終選考に挟まれるという箸休め的なポジションだった。

 胸の高鳴りを感じる。
 箸休めだろうが、観客の流入が激しくならない時間帯でのパフォーマンスはプレッシャーこそ大きいが、チャンスだった。
 
 「流石に、この人だかりをみると緊張しちゃうね! 心臓がバクバクしてる!」
 思ったことがそのまま口から飛び出してくる。そうしていないと、本当に心臓まで飛び出してしまいそうだった。

 「もう! なんであんたがそんなこと言うのよ! 一番緊張してちゃダメなキャラでしょ! わ、私なんて、手の震えが・・・」
 ミウこそ、すっかりクールキャラを捨てたのか、誰がどう見ても緊張丸出しのおかしなテンションで可愛かった。

 「ふふふ・・・わ、私はね、もちろん緊張するけど・・・や、や、やっぱり、三人で音楽ができると思ったら・・・お、お、お客さんは、関係ない・・・かも!」
 「アキちゃん! 大物か!」
 「いやいや、そこで天才は発揮しないでよー!」

 たぶん、私たちは、大成功を収めるだろう。

 みんな、根拠のない自信で満ち溢れていた。

 2時間35分・2330字

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?