【小説】 滞りなく
音楽祭は滞りなく終わった。いや、本当は滞っていたのかもしれない。森口リオンのエキシビジョン演奏があったり、私たちのバンドライブではアンコールが起きてしまったりと、例年の音楽祭とは違う空気が流れていた。しかし、終わってみると、時間通りに音楽祭は閉幕した。
有志企画参加者には、会場のバラシ作業を手伝うというルールがある。基本的には楽屋の掃除と片付けがメインだが、威勢のいい男子たちは大人に混ざって平台を運んだりと力仕事も任される。私たちは達成感を感じる間も無く、首からタオルをさげ、顔にはマスク、手には軍手をはめて、今日一日で溜まった汚れを徹底的に掃除する。
「なんか現実って感じだよね」
化粧鏡を拭いてる私は、誰ともなしに話しかけた。
「そう? 私、この時間、意外と好きなんだよね」
とミウが言う。
「わ、わ、私も好き」
アキも同じことを言った。
「変なのー」とヒロナが口を尖らせる。
「あたしは苦手かも。さっきまで大ホールのステージでバンドやってたとは思えないくらいギャップあるから」
三人の意見を聞いた上で、水回りの掃除をするマキコはハッキリ言った。
「でしょでしょ! 私はそれが言いたかったのよ! さすがマキコちゃん! ほんと、現実って感じだよねぇ」
「掃除はしなきゃいけないってのは分かるけど、せっかくの学校行事だし、もうちょっと余韻に浸りたい気持ちはありますよねぇ」
マキコは手を止めて、鏡に映る自分に話しかけた。
「でも、面白いと思うのが、みんな大ホールのステージに立ちたくて、オーディションをくぐり抜けたにも関わらず、最後に待っているのは大掃除っていう事実ですよね」
前髪やメイクを確認するために、顔を上下左右に振り回すマキコ。
いかなる時も自分を客観的に見つめているせいか、とても考え方が整理されている。
「そういうの全部ひっくるめてオーディションを受けるんだから、当然パフォーマンスのクオリティは高いし、スタッフや音楽祭委員の人たちとの絆も深くなる」
思わず聞き入ってしまった。
彼女のいう通り、不思議な状況なのに違和感なく掃除をしている自分に恥ずかしくなる。
「だから、森口リオンみたいな存在が現れるのかも。間違いなく、今日のMVPは彼のピアノだもん。すごかったですよね!?」
突然、彼の名前が出てきて驚いた。動揺を隠すように「ほんとね!」と、かろうじて返すことができた。
「確かに」
とミウ。
「か、か、感動しちゃった・・・」
とアキちゃん。
各々が彼の演奏を脳内で再生したに違いない。
小さな沈黙が生まれた。
「でも、こうして片付けをしてると、また、来年ここに来れるような気がします」
マキコはしみじみと口を開いた。
「もう、みんなは卒業だから、バンドとしてではないかもしれないけど、なんか、うん。来年もこうして掃除してる気がします」
「そ、そうだと思うよ! げ、げ、劇場だって生きてるからね! 綺麗にして挨拶をしてあげたら、き、き、きっと、また呼んでくれる!」
アキちゃんが優しく答えた。目がやわらかい。
「来年、楽しみだなあ、私たちは今度は客席から観るだけだけど」
ミウは朗らかな声をあげる。その声には、達成感みたいなものが混じっている気がした。「急に最後感出さないでよ!」と私がツッコむと、楽屋に笑いが生まれた。音楽祭は滞りなく、終わった。
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