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【小説】 ジレンマ。


 アキちゃんのソロライブ。ここが彼女が輝く最高のステージなのかもしれない。私の心には、すっかりモヤがかかっていた。自分達とバンドを組んでいることで、アキちゃんは本当の力を発揮できていない。ストリートで歌っていた時みたいに、彼女は一人の方がいい。

 自分の中で生まれた結論があっても、感情が邪魔をしてブレーキを踏んでしまう。アキちゃんがいなくなったら、『HIRON A’S』はどうなってしまうのだろうか。今までの自分達のキャリアが泡になる。私はこれから、なにをして生きていけばいいのだろうか。

 楽屋廊下にペタンペタンと足音が響いている。先を歩くミウとマキコちゃんは、興奮気味にライブの感想を述べ合っていた。圧倒的なパフォーマンスと直面した時に、人は嫉妬という感情を忘れるらしい。あのマキコちゃんが清々しい顔をしていた。すれ違うスタッフの空気にも、ある種の誇りを感じる。誰もがアキちゃんの才能を認めていた。

「お疲れー! アキ、最高!」
「本当に凄すぎ! もうなんなんですか!」
「アキちゃん、素敵だったよ!」

 私たちの黄色い声に楽屋が湧いた。拍手が響く。マネージャー、イベンター、制作スタッフ、カメラマンと、いつの間には私たちの周りには人だかりができていた。中心には汗で首を濡らしているアキちゃんが恥ずかしそうに佇んでいる。

「緊張した……」

 アキちゃんは、ケーキが溶けるみたいにホロホロと笑った。ステージ上でみせたような神々しさは微塵もなく、家に帰ってきた時のような安堵が全身から漏れていた。

「……やっぱりバンドだね、うん。一人ぼっちでステージにいると、寂しいよ。みんなと音楽がしたい気持ちがドンドン強くなるのを感じながら歌ってた」

 恥ずかしそうに、俯きながらアキちゃんは呟いた。顔が火照っているのは、ライブ終わりだからだろうか。でも、明らかに頬が桜色に染まってきている。

「みんな、来てくれて本当にありがとう」

 マキコちゃんは、目に涙を浮かべてアキちゃんに抱きついた。「アキさん、バンドしよう! ずっと横で歌ってー!」と受験のストレスを発散するように大きな声を出している。ミウは嬉しそうにニンマリして、私は反射的にマキコちゃんの上から、さらに抱きついた。バンドの一致団結。仲良しのメンバー。理想の関係。その姿は、ばっちりとメイキングのカメラに収められた。

 しかし、私の胸はズキズキと痛んでいた。あまりにも自分の想いとアキちゃんの言葉に距離がある。そして、彼女のパフォーマンスに感じた「死」という言葉が頭の中でこだまする。なにが起こっているのか、アキちゃんは何を考えているのか。さっぱり分からなかった……。


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