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【小説】 声とみみ


 ミウのベースが好き。ボンボン、ベンベン、粒みたいに響く音が好き。乱れないリズム。カタブツ職人みたいなベース。スタジオミュージシャンにだってなれると思う。大学一年生だけど、それくらい正確なベースなんだよね。
 ミウの性格が好き。何事にも本気な性格。常に正解を探したいし、枠からはみ出ようとしない性格。とっても真面目。とっても堅実。でも、柔軟なのが、ミウのいいところ。反射神経はよくないけど、頭がとにかく柔らかく、人の意見を素直に聞ける。だから、好き。面白い。へん。彼氏の影響、失恋の傷心。全部がミウを変化させているのが分かる。とってもチャーミングな女の子。たぶん、耳がいいんだと思う。
 
「はーい、いただきました! では、お疲れ様でした!」

 マイクのフェーダーを下げて、ふうと息を吐く。
 スタジオ内の緊張が緩むのがわかった。両手をいっぱいに伸ばし、身体の奥から「うーん」と獣みたいな声を漏らす。椅子の背もたれがぐにゃりとしなった。
 仲が良くたって、慣れてきたって、リラックスしてるつもりだって、遊びでやってるワケじゃない。これが仕事。これで生きているのだ。ある緊張感は無くならない。
 糸が切れたようにボンヤリと余韻に浸っていると、ベースを背負ったミウが、コントロールルームに顔を出した。

「おつー、疲れてるねぇ」

 ミウは私の顔を見るなりニヤリと笑った。思わずハッとして、背筋を伸ばし、「疲れてませんよー!」とベロを突き出して言い返したが、時すでに遅し。
 ミウはケッケッケと意地悪く笑った。アキちゃんは「ミウちゃんミウちゃん」と手招き、自分の隣に促した。

「まあ、そりゃそうか。ディレクションなんて、私、絶対ムリ」
 
 少し前の時代だったら、このままタバコでもふかすのだろう。カラッとしたミウの言葉には、潔さがあった。

「ミ、ミウちゃんの演奏、か、か、かっこよかったよ!」

 アキちゃんはミウに寄りかかった。
 小動物みたいな動きだ。

「ミ、ミウちゃんのベースは、こ、ここ、声が聞こえてくるから、いい!」
「こえ?」「こえ?」

 思わず私とミウの声が重なる。
 アキちゃんはクスクス笑った。

「そ、そそ、そう、声。演奏者の気持ちを、が、楽器が歌ってくれるの! ミウちゃんのベースは、い、い、一生懸命ミウちゃんの気持ちに、こ、こ、応えようとしてるから、それが、すごく素敵」

 楽器が生きてるみたいな言い方。
 ちょっとむず痒い感じがする。
 でも、すごく腑に落ちた。

「毎日弾いてるから、ベースの恩返し、的な?」

 ミウは眉を上げて、朗らかに笑った。「へんなの」って言ってもおかしくないのに。やっぱり柔軟だよ、ミウの頭は。
 アキちゃんは、クシャッと笑った。

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