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歌詞の冒険  (マキコ)

【マキコ】

 入道雲がクッキリと見える。セミの姿は見えないのに、そこかしこからセミがジリジリと鳴いている。セミたちの声をBGMに、歌詞を考えながらヒロナさんの家に向かう日々が続いた。

 「雲・・・、セミ・・・、夏休み・・・、うーん・・・」

 夏休みの終わりまでに一人一曲歌を作るという課題は、思いの外、楽しかった。普段見ている世界を歌の物語に登場させようとすると、彩り豊かになる気がした。
 雲はいつもよりも速度を落として、空に張り付いた絵のようにも見えるし、どこかで鳴いているセミたちは失恋ソングを歌っているのかもしれない。目一杯遊ぶものだと思っていた夏休みは、バンドを始めたことで、未知なる世界への入り口に変わった。

 「どこかで誰かが泣いてる・・・、空に雲を描いてみよう・・・、誰にも止められない・・・、冒険の旅へ」

 思いついた言葉を、ただ繋いでいくだけで歌の歌詞のようになるのが面白かった。少し背伸びをして、電車ですれ違う人々も登場させてみる。

 「胸を膨らませる子どもたち・・・、ため息を吐くパパ・・・、笑い飛ばすママ・・・、赤ちゃんが泣いている」

 クスクスと笑いながら、歌詞らしきものたちと一緒に遊ぶ。
 他人の人生を想像するなんて考えたこともなかった。

 マジックテープの靴を履く男の子。靴紐を結ぶ練習はしてないのかもしれない。男の子って、蝶々結びが可愛いと思わないのかな。
 靴底を擦り減らしたパパ。せっかくの夏休みなのにね。早く大人になりたいと思っていたけど、夏休みがなくなっちゃうのは嫌かもしれない。パパのため息をビンに詰めて、海に流してあげたいな。
 足の爪にネイルをしたママ。自分のメイクをする暇もなく、家事に仕事に大変だから、夏休みくらいは目一杯おしゃれをして欲しいな。みんな、ママのネイルに気付いてくれるかな。

 「マキコ!」

 急に現実に戻された。セミの声がうるさく響き、カラッとした太陽の暑さを感じる。日傘の中に二つの影が入ってきた。
 横を見ると、ミウさんとアキさんが笑っていた。

 「あんた、ニヤニヤして気持ち悪かったー」

 ミウさんは驚くほどフラットだ。もしくは、気を遣うという感情が抜け落ちているのかもしれない。平気で失礼なことを言うが、そんなことを言われ慣れていなかった私には、新鮮だった。

 「そ、そ、そんなことないよ! か、かわ、可愛い顔だったよ」

 対するアキさんは誰にでも気を遣っている。いつも誰かのフォローをしているようだ。疲れてしまうかもしれないが、どこか楽しそうにしている。

 「ブスッとしたあの子は、きっと星を見て涙を流すだろう」

 ミウさんの顔を見て、咄嗟に思いついた言葉を口にしてみる。

 「はい?」

 「髪の毛の内側から飛び出すことができる、大きな勇気を持ってるじゃないか」

 アキさんの綺麗な顔に浮かぶ喜びを感じることができる。

 「え?」

 「歌詞を考えてたんです!」

 ミウさんは「ブスッとした子って私のことでしょ!」と怒り、アキさんは照れたように笑っている。

 ヒロナさんの家は、もうすぐだ。


 1時間34分 1200字

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