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【小説】 そんな質問


 口からポッと星がでた。
 キラキラに光って、天高くのぼってく。
 透き通った声は、ほうき星みたいに弧を描いて流れていった。
 アキちゃんの歌声は、宇宙みたいだった。

 アキちゃんが歌うと、世界が消滅する。
 スタジオからは人の気配が消える。
 彼女の奏でる音楽を味わう時間。
 この時間が一番好きかもしれない。
 初めてアキちゃんに会った時からずっとそうだった。
 公園で一人弾き語りをしてるアキちゃんを、遠くから見守ってるのが好き。
 イヤなことが身体や心の中から、ゆっくりゆっくり洗い落とされていく。
 “世界”が消えていく。ホッとする。
 自分が生きていることがよくわかる。

「・・・いただきましたっ!」

 アキちゃんの演奏が終わり、しばらく経ってから、私はマイクに向かって声を出した。演奏が終わってからの余韻が切れる瞬間を待っていた。私の掛け声をきっかけに、スタジオ全体から「ふう」と息が漏れた。みんな、文字通り息を呑んで演奏を聴いていたんだと思う。

「一度、聴かせてもらってもいいかな?」

 マネージャーの阿南さんが言った。満足気な表情を浮かべている。私を通り越して、技術スタッフが「プレイバックしまーす」と、録音した音を流した。
 アキちゃんの音がデータになる。感動が記録され、再生される。
 ガラスの向こうにいるアキちゃんは、片付けを始めていた。

「ありがとうございます! いいと思います!」

 阿南さんは朗らかな声を上げた。周りのスタッフもつられるように、ニッコリと頷く。そんな姿を見て、さらに安心するが、同時に恐くなった。

“私たち、いらないですよね?”

 事務所に入ってすぐ、ポロッと言ったことがあった。「そんなことないよ」と大人の対応をされた。しかし、その後、アキちゃんが小学生時代から録り溜めていたオリジナルソングをレコーディングし直すということがあった。阿南さんは、私たちになんの断りもなく、個人的に動いていた。バンドとしてではなく、シンガーソングライターとして、『谷山アキ』をソロで録っていた。
 才能溢れる彼女を引っ張り上げるのは当然なことだから、ショックは受けなかった。ただ、自分の考えと大人の考えがあまりにも一致していることが恐ろしいと思った。

 “アキちゃんは、一人で音楽活動をした方がいい”
 それが私の本音。ほんね。だけど、学生時代、どうしても彼女と音楽が作りたかった。だから、バンドを結成した。だから、音楽を勉強した。そして、運よく今がある。きっと、このアルバムが完成したら、私たちはもっと活躍することになる。そんな確信があった。

 だからこそ、もう、そんな質問を言うことはできなかった。


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