【小説】 休憩


 休憩に入った。スタジオの扉が開き、外の空気が流れ込む。生ぬるい風が頬を撫でたが、それでも気持ちよかった。換気が悪いとかじゃないんだけど、使いすぎて熱くなったパソコンを冷ましてあげる感じに似てる。
 目の前をミウとアキちゃんが通過すると、ふわりと甘い女子の匂いが香る。マキコちゃんは疲れを知らないのか、ギターの練習を続けていた。

 私はドラムの前から動けずにいた。
 魂が抜けたみたいに、ボーッと座ることしかできなかった。
 こういう時、どうすればいいんだっけ。どう休むんだっけ。
 昔の自分は、なにしてたっけ。

 スタッフさんがキーボードのセッティングをしてくれている。
 そうか、準備のための休憩時間でもあるのか。ああ、ダメだ。咄嗟に身体が動かない。手伝いにも行けず、ただ見てるだけ。プログラムされたロボットみたいに、無駄のない習熟された動きに思わず見惚れる。あっという間に準備は終わり、鍵盤を叩くとポロンと電子音がなった。

 「疲れてる?」と朗らかな声がした。声の方向を見ると、マネージャーの阿南さんが立っていた。目尻に小皺が浮かび、優しく口角が上がっている。頬にはそばかすのようなシミがちらほら。でも、決して汚い感じはしない。外国の子どもみたいな愛嬌をのぞかせている。

「ううん、疲れてないです」
「そっか。なら全然いいんだけど」
「なんか、すみません」
「いやいや、謝ることじゃないですよ。ごめんね、休憩中に」

 阿南さんは、足音なく自分の定位置に戻り、パソコンを開いた。本当にいい人だ。なにを考えているのかは分からないけど、疑いたくなるくらいのいい人なのは間違いない。阿南さんは口癖のように「謝ることじゃない」って言う。自分は謝るくせにね。おかしな人。
 でも、私、疲れて見えたのかもしれない。それはイヤだな。
 そう思った私は、スタジオを出て、外の空気を吸うことにした。喫煙所にもなっている外のベンチにミウとアキちゃんが座っていた。

「未成年がタバコ吸ったらダメですよー!」
 私は先生みたいな口調で言った。ミウもアキちゃんも苦笑い。
「大丈夫、興味ないから」とミウが言ったが、ブルーのインナーカラーが入った髪色をしてる人間が言っても説得力のカケラもない。黒い服を着てるから、なおさら不良っぽさが出てる。でも、すごく可愛い。
 二人の隣に座ると、アキちゃんは「ほ、ほ、他のミュージシャンの人って、け、結構、喫煙率高いよね」と言い、「不思議だよねぇ、特にボーカルで吸ってる人の意味が分からない」とミウが答えた。
 いつもの会話。どこにでも転がってる会話にホッとした。
 風船がしぼんでくみたいに、身体から力が抜ける。
 やっと休憩した気がした。
 

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