【小説】 誰が為にログをする
とうとう日記を書くことが日課になった。朝起きて一番最初にすること。
どんなに疲れていても、眠くても朝に書く。どうしても早朝から用事がある時は、その日の夜に書くことにしているが、基本的には朝。
ヒロナはペンを置き、あったかいココアを飲み干してから、ふうと一息ついた。
自分が日記を書くことができるなんてな・・・。
しかも、ここまで続くとは微塵も思わなかった。地味な作業が好きだから、これまでに幾度となく日記に挑戦しようと思ってきたが、三日も持たないという実績があったから。
「日記を書こう」と思うキッカケはそこらじゅうに転がっていた。両親を始め、先生や友達、テレビでも「日記を書こう」ブームが何度も訪れたし。むしろ、生きてきて「日記を書こう」と思わなかった人の方が少ないのではないだろうか。どういうワケだか、必ず「日記を書こう」という道を通る。
確かに、大人になった時に日記を見返すのは楽しいだろう。茂木ヒロナという人間がどんな人生を歩んできたのか。自分を主人公にした物語が自然と出来上がる。自分の頭の中の整理にもなるし、嫌なことがあった時は、書くことでストレス発散になるのもなんとなく理解できる。
頭の中では何度も理想を描けた。
大人になるまで日記を続けたら、自分の子どもが学生になった時、ママの日記を見て「自分と同じだ」と思ってもらえるかもしれない。そうなったらどれだけ幸せだろうか。日記が親子を繋ぐツールにもなる。しかも日記の中で未来の私への問いかけをしたり、それこそ未来の自分の子どもたちへのメッセージを記載したら時空を超えた繋がりが生まれて、よりロマンチックだろう。
楽しい妄想は広がるばかりでも、続けることはできなかった。
最初は書くハードルが高いから、まずは3行日記から始めよう。慣れてきたら、自由に書けばいい。たった3行。それだけでいい。楽勝だ。そう思い鷹をくくっていたが、これが始めてみると続かない。
3行でも何を書いていいか分からなかったし、面白くなかった。
学校に行ったけど、特にいつもと変わらない。
家で本を読んでいると、疲れて眠くなってしまった。
あっという間に1日が終わった気がする。
書いて二日目には日記の存在を忘れて、五日も経てばホコリを被ってしまう。この繰り返し。この連続。気持ちはあるのに、行動できない。自分の意思の弱さを痛感する。綺麗な日記帳は年末に処分され、その度に後悔してきた。
身体に糖分が行き渡る感覚があった。父がお酒を飲んだときに「酒が染み渡る」と言っていたが、似たような感覚なのかもしれない。ココアが足の指先を通った気がした。
ヒロナがパラパラと日記帳を遡っていると、ハラリと一枚の写真が落ちてきた。
父親の写真。
小学六年生の時に離婚してしまった父との思い出の写真。あの日から、音信不通になってしまっている。母は父の居場所を知ってるのかもしれないが、なんて質問していいか分からないまま六年が過ぎてしまった。離婚直前の夫婦喧嘩は包丁が出てくるほどの大騒ぎだったから・・・。
お酒、女性、ギャンブル。
全ての非は父にある。それは私も分かってたし、お父さんも自覚していたと思う。でも、私の日記が続かなかったように、父も意思が弱かったのかもしれない。
夫としては最低な人だったのかもしれないが、父親としては大好きだった。誰も教えてくれないような世界の話をしてくれる。
人付き合いの話。生き方の話。お金の話。
私のことを子ども扱いせずに、対等に接してくれた唯一の大人だった。父親になら、自分の弱さを見せることができた。慰めて欲しいワケじゃない。自分に正直に生きる父から、生きる指針を聞きたかった。
ヒロナはもう一度ココアを啜った。今度は甘ったるさよりも、味の奥にいる苦味を感じた。初めての味わいに驚き、もう一度ゴクリと胃に収めてみたが、すぐに元の甘さに戻ってしまった。
日記を続けることができたのは、日記を「父に読んで欲しい」という想いが生まれたからかもしれない。いや、そうだ。高校三年生になり、進路のこと、バンドのことについての悩みを父親に聞いて欲しかった。自分の活動を見て欲しかった。父が大好きだった演芸の世界ではないけれど、表現という世界においては音楽も同じ場所に身を置いている。そんな自分を知ってほしかった。
あくまでも自分に向けての日記だけど、どこかで父親に読んでほしいという気持ちが私を日記に書かせるエネルギーに変わったのかもしれない。
とうとう日記が日課になった。朝起きて最初にすること。
お父さん、聞いてよ。今日はこんなことがあったんだよ・・・!
1900字 1時間36分
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