【小説】 レコーディング3
【マキコ】
アキさんに猛烈に嫉妬した。
彼女だけが、レコーディング時間が短い。彼女だけが、大人たちから褒められている。しかも、過去のデモテープの再収録までしていたらしい。彼女だけが・・・。
人生で初めて才能に嫉妬しているのかもしれない。勉強にしたってスポーツにしたって、クラスの人気にしたって。いつもコミュニティの上位にいた。
何かで負けていることがあっても、別の何かで埋め合わせることができていた。バンドだってそうだ。歌もギターも未熟だけど、ステージ上でのパフォーマンスは、持ち前のエネルギーでカバーできている自負があった。それなのに。今回のレコーディングに関してだけは、何もかも通用しなかった。
自分が丸裸にされているみたいで恥ずかしい。あれだけ練習したギターも、一人だけの演奏になると、途端に心細くなってしまう。しかも、ヘタだ。自分で聞いていても分かるほどだから、その道のプロが聞いたらよっぽどヒドいのだろう。阿南さん含め、大人のスタッフたちがブースの向こう側で、何度も顔を合わせて話し込んでいるのが目に入った。どうしてもネガティブに考えてしまう。
自分が築き上げてきたものが全て崩れ去っていくような音が聞こえた。特に罵声を浴びせられるワケではないのに。でも、分かる。分かってしまう。自分のことを出来るだけ客観視してきた人生だったから、なおさらだ。
現実を否定したくても、できない。立ち姿や、歌う姿勢でカバーすることもできない。もっと、シンプルな部分。音楽の闘いになってしまう。
同じバンドで活動しているのだから、経験値の差は言い訳にならないと思っている。先輩たちは「始めたばっかりなんだから、しょうがないよ」と言ってくれるが、その言葉が逆に胸の奥をズキズキさせた。
自分だけが世界から孤立したような気分になる。励ましの声が重くのしかかり、プレッシャーになってしまう。身体も緊張し、演奏はさらに固くなる。負の循環が続く二週間だった。
あたしは、弱い・・・。
ただ、その現実だけが、目の前に大きく立ちはだかった。
レコーディングが終わった日も、気分が晴れることはなかった。だって、レコーディングという作業が終わっただけだから。ヘタクソな自分を乗り越えたワケではない。何も変わっていない。むしろここからの人生の方が大変だ。自分には圧倒的に技量が足りてない。しかも、同じバンド内に、大きなライバルを見つけてしまった。
谷山アキ。
力の差が明らかなことは分かっている。しかし、今回のレコーディングでここまで力の差を見てしまったからには、意識しないワケにはいかない。パートも同じ。ヴォーカル&ギター。どうしたって、目標になってしまうし、いつか彼女を越えたいと思ってしまう。
「マキコ、お疲れ」
ぶっきらぼうな言い方なのに、ミウさんの言葉に胸がジンとしてしまう。誰よりも優しさに満ちている気がする。
「お疲れ様でした・・・」
「なんか、疲れたね・・・」
高校生にとっては大人すぎる、レストランでの打ち上げ。
ヒロナさんとアキさんは、大人に混ざり、これからのバンドについて話しているが、隣に座ったミウさんはこちらを向いていた。
「レコーディングに喜んでた二週間前が嘘みたいですね」
「あはは、確かに・・・」
二人同時に目の前に置かれたストローをすすった。相手と同じ行動をするというのは、相性がいいらしい。
あたしたちだけの世界が出来た気がした。
「アキさん、すごいですね」
「ん? 何が?」
「演奏です。やっぱりレコーディングも一人だけスムーズだったし」
「まあねえ。キャリアも長いし、そもそも音楽にかける想いが私たちとは全く違うんだと思うよ」
ミウさん。それは言い訳になりませんよ。同じバンドなんだから。想いが違うなんて、言っちゃダメ。アキさんの足を引っ張ることになってしまいますよ?
心の中の言葉をジュースと共に飲み込んだ。今はその話ではない。ミウさんは、私を励ましてくれているんだ。ただの八つ当たりになってしまう。
「なんか、悔しかったです」
「え?」
「こんなに違うのかって。初めて誰かに負けた気がしました」
「どんな勝ち組人生だったのよ」
「そうなんです。ずっと、自分が勝てるような人生設計をしていたことに気付かされました」
そうだ。自分が勝てる場所で闘ってきたのだ。負けそうな場所を避けて、自分が一番得することを優先させてきた。
「ふーん・・・。まあ、みんなそうでしょ」
「だからこそ、自分を律することができたんです。完璧な女の子を演じるための努力を続けてこれたんです。ずっと勝ち続けられるように」
それは母の厳しいルールから逃れる術だったのかもしれない。身体に染み込んでいた、ある種の処世術だった。
「うん」
「でも、今回のレコーディングで全てが覆されました。・・・だから悔しいです」
話していくうちに鼻の奥がツンと痛くなってきていたのは知っていた。目から止めどなく涙が流れていることも知っていた。弱い自分を曝け出してしまっていることが、さらに気持ちを苦しくさせている。
何度も唾を飲み込み、必死に我慢しようとしていたが、抑えきれない。声や震えを出さないように努めていたが、流石に隣に座るミウさんにはバレないワケがない。
「あんたは、やっぱり、強い子だね」
ミウさんはテーブルの下で、そっと私の手を握った。
ヒロナさんたちには私の姿が見えないように、肘を立てて身体で壁を作ってくれている。私は華奢な壁に隠れて、ソッと大泣きをした。
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