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鐘が鳴る瞬間 (ミウ)

【ミウ】

 新曲制作は難航した。
 歌詞を作ったはいいが、メロディがまるで出来上がらない。
 ヒロナとアキの曲は、本人がメロディを考えてきたため、そのブラッシュアップをすればいい。これは、いつも通りのバンドのプロセスだ。
 アカペラで聞いたメロディが微妙だと思っていたヒロナ制作の曲も、楽器やアキとマキコが歌が入ると、テレビCMで流れてきそうな爽快青春ソングになった。ヒロナの頭の中には曲のイメージが明確にあったため、彼女の指揮の元、分かりやすいほど曲はメキメキと進化していった。プロデュース能力の手腕を見た気がする。

 バンド練習の前半戦は新曲のブラッシュアップ。後半戦は、まだ仕上がっていない私とマキコの新曲制作になった。 
 私たちの曲は歌詞と短いフレーズしか出来上がっていなく、メロディはみんなで考えなければいけない。これが大変だった。
 アキがギターで色々なメロディを即興で弾いてくれる。色々なパターンを作ることができるアキはやっぱり天才だ。そして、ヒロナも「これはどう?」とアカペラで歌詞をイメージしたメロディを歌ってくれたが、どれも素晴らしく、決められない。

 「ヒロナのアカペラは曲になった時の伸び代がすごいから、そこを考えると、どれもいい曲に聴こえてきちゃうんだよね・・・どうしよう、決められない」

 「何それ! 私のアカペラは微妙ってこと?」

 最終決定権は制作者に委ねられる。
 このルールが一番難しい課題だったことをようやく自覚した。
 サビだけは自分でメロディを考えてきたため、先にそちらを作ってみたが、何かがハマらない。ヒロナと違い、頭の中のイメージと出来上がる曲がリンクしておらず、結局、全てを白紙にした。
 
 対するマキコは直感力が鋭く、「これだ!」という瞬間を頼りに着々と曲の輪郭を作っていった。次々に意見を取り入れて、作っては壊すことを繰り返した。「やっぱり、さっきの感じにしましょう!」「ああ、ごめんなさい。これはなしで」と右往左往しながらも、船長として船を前に進める。クラスでは何でもできる優等生を演じなければいけないせいなのか、堂々と間違えることができるこの場所をマキコ自身が楽しんでいた。そもそも根性と体力はあるのだ。妥協はしない。そして、曲調もロックに振り切っていたため、制作自体も白熱し、楽しかった。

 「あー、今日も何も進まなかったな・・・」

 自分一人だけが取り残されているような感覚になる。
 みんなの制作過程を目の当たりにしていると、一体どこにアイデアの源泉があるのか不思議になってしまう。そして、改めて自分には決断力がないことを実感する。

 中草くんと付き合ったこと。人気者の彼氏のそばにいるだけで勝手に自分の印象を決めつけられたこと。バンドを始めただけで「人が変わった」と言われてしまうこと。大人になること。
 変化と時間をテーマに歌詞を考えることは楽しかった。
 しかし、曲のイメージがまるで湧いてこない。

 「ミウちゃん、そ、そんなに焦らなくても、だ、大丈夫だよ」

 「そうですよ。止まない雨はないんですから!」

 「ま、ミウっぽいけどね!」

 帰り道、みんなが声をかけてくれる。
 励ましの言葉なのに、嫌味に聞こえてしまう。みんなの背中が遠くなっていくことがこんなに寂しくて心が疲れることだとは知らなかった。

 「そうだよね・・・ありがと」

 ベースの練習などは、丁寧に時間を割けば前を走るみんなの背中を追いかけることができる。
 でも、曲制作は違った。
 走り方が分からないのだ。何に時間を割けばいいのか分からない。
 努力と呼べるものがあるのだとしたら、それをどこに向けたらいいのか分からないことが辛かった。

 どれだけ悩んでいても文化祭の日は待ってくれない。
 結局、私の曲だけが出来ないまま、本番まで残り1週間という時間になってしまった。
 私以外の曲たちは、立派に仕上がっていた。
 アキは繊細で芯のあるアコースティック調の力強い曲。
 ヒロナは爽やかで高校生バンドらしいポップな曲。
 マキコは若者の心の叫びを歌に乗せたゴリゴリのロックな曲。
 各々の個性が全面に現れ、これだけでもバンドの幅がグンと広がった気がする。そこへきて、私の曲は未だ全貌が見えない。
 時間がないのに、みんな「ヤバいよ」とか「そろそろ作らないとマズいんじゃない?」とは言わなかった。
 皆、同じ挑戦をしているからだ。苦しみを共有しているからだ。それだけが救いだった。

 いよいよ追い込みの時期に入り、スタジオでの本格的なリハーサルが始まる。一年も続けていると、スタジオ店員の中野さんとも仲良くなり、本番前には無料で貸してくれるようになった。「出世払いでね!」という彼の優しい言葉に胸が熱くなる。

 「実は、私だけ曲ができてないんです・・・」

 休憩中、中野さんと話すことも増えていた。
 40代くらいの彼も、昔はバンドをやっていたらしい。
 全くの他人の方が相談しやすいこともある。
 バンド経験者である大人の話はとても力になった。

 「分かります。そういう時もあるよね・・・、ねえ、アレを見て下さい」

 彼は壁に掛けられた時計を指さした。
 
 「長針と短針があるでしょ。長い方が早く動いて、短い方が遅く動く」

 100円ショップに売られているような、どこにでもある時計。

 「短針がキミの人生で、長針が流れる時間だとしてみると、時間だけが早く進んで、人生はゆっくり進んでいるように見えませんか?」

 すごく面白い例えだと思った。そして、自分だけが取り残されている今の状況にピタリとハマっている気がする。

 「人生と時間がぴったり重なる時っていうのが、一時間に一回はあるでしょ? 1時5分とかね。そんな時に、人は輝くんだと思うんです。学校でヒーローになったり、発表会で金賞をもらったりね」

 私は何も言わずに、中野さんの話に耳を傾けながらじっと時計を見ていた。

 「でも、11時代っていうのは、二つの針が重ならないんです。時間と人生が重ならない」

 心の何かが揺れている気がする。

 「次に重なる時は、12時ぴったり、その時に鐘は鳴るんです」

 どうしてか分からないが、目から熱いモノが流れ出していた。
 そして、胸の奥の方で時計の針が動く音がした気がした。

 「だから、きっと大丈夫。今、君の中には11時代の時間が流れているんだと思うんです。必ず、鐘は鳴りますから」

 私は涙を拭いて「ありがとうございます」の一言だけを中野さんに残して、スタジオの中に飛び込んだ。

 鐘が鳴っている。

 今、この音を残しておきたい。

 アキを引っ張り、鐘の音色をそのまま伝え、曲にする。
 
 血相抱えてやってきた私の姿にみんなは驚いていたと思う。

 でも、時折視界に入ってくるみんなの顔には笑顔が見えた。

 
 2時間7分 2700字

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