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【小説】 ボールペンを回しながら


 今日の気付き。
 マキコちゃんは、背負うモノが多いほど光り輝く。自分の期待に応えることよりも、他人の期待に応えることの方が向いているのかもしれない。思っていたよりも、人から頼られることに対して抵抗感がなさそうだった。これは大きな収穫だし、これから彼女をバンドリーダーに引き継ごうと考えていたから、さらに気持ちを前向きにさせてくれる。
 ヒロナはボールペンを動かすことを止めて、一日を振り返っていた。クルクルと指先でペンを回す。ペンの回転に合わせて、一日が巻き戻っていくようだ。

 マキコちゃんは間違いなく、文化祭のMVPだった。自分が文化祭を楽しむ暇もなく、一日中仕事をこなしていた。クラス企画の縁日では、最初はおとなしく営業していたものの、すぐにマキコちゃんが働いているという噂が広まり、浴衣姿の彼女に接客してもらいたいという理由で、ターゲットのファミリー層からは大きく外れた同年代の若者が集まった。大きな集客を期待していなかったこともあり、少ない数で運営していたスタッフはパニック状態。急遽、マキコちゃんはスタッフから外れることになってしまった。その後は、生徒会の見回り。ゴミの片付けや、ちゃっかりバンドの宣伝などをしながら校内を練り歩いたらしい。
 そもそも彼女が持っているルックス、カリスマ性に加えて、バンド活動が活発になったことが後押ししたのだろう。すれ違う人たちからは手を振られ、声をかけられ、「ゴミの片付けをさせるワケにはいかない」という言い分で、前からも後からも彼女についてくるような輩たちまで現れた。映画や漫画の世界だ。花魁道中ってこんな感じだったのかもしれない。
 そして、お昼前のメインイベント、ミスコン予選。大本命の“廣瀬マキコ”は、誰が見ても異色な存在感を放っていた。一人だけ完成している。色恋の噂もなく、勉強、スポーツ、生徒会にバンド。なんでもできてしまう彼女は、探しても欠点が見つからない。それでいて愛嬌があるのだから、みんなが放っておくワケがなかった。体育館の特別ステージには多くの人が集まり、声援をかけた。自己PRでは、弾き語りをして、バンドの宣伝まで入れ込むのだから、完璧にもほどがある。彼女の行動の中には常に「バンド」があり、何をしていても、行き着く先が「バンド」になっていることがよく分かった。
 ぶっちぎりの得票数で、彼女は夕方に行われる本線に出場することになったけど、この時点で夕方の結果も見えていた。

 ミスコンが終わると体育館ステージはライブステージに切り替わる。もう、お膳立ては充分。あとは目一杯演奏するだけになっていた。ここまで、学校の空気を自分一人で操ることができるのだ。特に変わったパフォーマンスををしたワケでもないのに、一人で全てをかっさらっていった。むしろ、アキちゃんと仲直りしたこともあり、いつも以上に全員が素直に音楽を楽しめた気がする。
 アキちゃんのパフォーマンスに一瞬会場の空気が変わった時間があったが、結局はマキコちゃんの存在感が会場を圧倒した。間違いなく、彼女が熱狂の中心にいた。あまりの客席の熱狂に、演奏だけ見に来てくれていたマネージャーの阿南さんも驚いていた。

 ボールペンの先が黒く滲む。使いやすいと噂のボールペンをせっかく買ったのに、インク調整がやけにヘタクソだ。ヒロナは無駄な抵抗だとは分かりつつも、ペンをブンブンと振った。
 それにしても、マキコちゃんは凄かった。バンドの後には生徒会の落とし物受付、そして、ミスコン本戦。表舞台と裏方の振り幅が大きすぎる。彼女もそれを引き受けるという根性もすごい。普通はどちらかに偏るのだ。私みたいに。
 裏方作業が好きな人もいれば、表舞台に立つことに幸福を覚える人もいる。
 マキコちゃんはハイブリッドだった。

 ペンをクルクル回す。
 これから先、どうするべきなのかを考える。
 バンドとして。人間として。
 クルクル。クルクル。
 自分にできることはなんなのか。
 彼女のようにな武器を持ってない人間として。
 何か手伝えることはあるのか・・・。

 今度は、時間が進むようにペンが周りし出した。
 クルクル。クルクル。

 1700字 1時間17分

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