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スタイル  (ミウ)

【ミウ】

 ヒロナがどこまで考えていたのかは分からないが、「各々が曲作りをする」という課題は素晴らしい案だと思った。
 バンドを結成してから一年、アキの曲を演奏し続けてきた。バンドの曲として成立させていない曲は数知れずだが、新米バンドとしては珍しいほど曲数を持ってると思う。それほどアキという天才は次々に曲を生み出すし、彼女の歌声がバンドを支えてきた。

 アキにとっての音楽は、私たちにとってのソレとは違う。
 歌という表現を通して自分を解放できる場所。
 自分を保つことができる唯一の方法なのだ。
 父親が亡くなり、言葉を失った過去。言葉を操ることが難しくなってしまった彼女を救うことができたのは音楽だけだった。
 雨が降ろうと、風が吹こうと、音楽だけは彼女に寄り添い続けた。歌にすると本音を語ることができ、天国の父親とも会話をすることができたのだろう。
 アキはニコニコしているが、彼女の奥底には常に悲しみの川が流れている。たまに彼女の口から聞くことができる過去の話は、何事もなく普通に育ってきた私には辛い。

 アキから音楽を奪ってはいけない。アキの音楽を壊してはいけない。
 マキコが加入してから、そんな想いが芽生え始めていた。

 各々が曲を作れば、アキの音楽を奪ってしまうことはない。
 今まで作ってきたアキの曲を、マキコに合わせて編曲する必要もなくなる。創作の段階から2人のボーカル、4人で曲を奏でることが前提になる。この違いは大きいはずだ。アキの心の負担を軽減させてくれるだろう。

 メロディと歌詞。どちらを先に作るのかは人によって違うようだ。
 マキコは歌詞先行。ヒロナは酔っ払いのサラリーマンが歌っているような、調子の外れたとぼけたメロディを口ずさむようになった。アキはこれまで通り、どこか遠くの人と対話をするように曲を作った。私はまだ、自分のスタイルが見つかっていない・・・。

 あれだけ「大会が終わってから本格的に頑張ろう」と言い合っていたのに、皆、暇さえあれば考え事をしているような沈黙が生まれるようになった。
 静かになるたびに、アキがクスクスと笑う。
 集中している時とは違う、創作している時の人の表情は面白いらしい。
 確かに、ヒロナは口を尖らせてブツブツと変わったメロディを歌っているし、マキコは何かを妄想しているようにニヤニヤとしている。私は身体中の筋肉が緩んでいるようにボケーっとしているようだ。

 人は課題を与えられると、余計なことを考えなくなるのかもしれない。
 頭の中は課題で埋め尽くされて、不安や緊張を忘れている。だからといって練習を怠っているワケではないのが面白い。

 自由な時間ほど持て余してしまうことの意味を少しだけ理解した気がした。
 夏休みの過ごし方だって同じだ。もちろん、デートや遊ぶこともしたいが、バンドがあるから毎日に充実感が生まれている。
 やりたいことを見つけることよりも、与えられたものをこなすことの方が簡単なのだ。

 そして、やることが多いほど、隙間に生まれた自由時間の大切さを実感できる。彼氏や家族の時間がいかに自分にとっての癒しになっているかが分かるのだ。

 「なんか、た、た、楽しいね」

 アキの顔に“幸せ”という文字が浮かんでいるように見えた。それほど優しく温かい表情をしていた。

 ずっとこの時間が続けばいい。

 大人になったら、もっとやることが増えるのだろう。
 大人にならずとも、心を疲れさせている人たちもいっぱいいる。
 夏休みが終わる頃にテレビで流れる“自殺”のニュースには、いつも心が締め付けられる想いがする。

 やることに追われている疲れが原因なのだろうか。
 それとも自由時間が作れないことか。
 自分で課題を作ることができなかったせいなのか。
 
 どれだけ考えても、分からない。
 ただ、想いを馳せることはできる。

 「時間」についての曲を作ってみようかな・・・。

 次々と自分の考えが思い浮かぶ。
 悲しいベース音も聞こえてきた。

 私の曲作りには、テーマが必要だったのかも知れない。

 1時間43分 1650字
 
 

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