【小説】 もてあます
夜。雨が降ってきた。天気によって心の色が変わるみたいに、ヒロナはどことなくメランコリックな気分になっていた。
ベッドに寝そべりiPodの再生ボタンを押す。ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」が流れる。窓の外をチラリと覗くと、モクモクと膨らんだ雲で覆われた空が見えた。月の気配は感じなかった。
このうっとうしい雨に、幻想的なメロディは似合わない。しかし、静かで神秘的な旋律は、聴く者の心に寄り添う。
ヒロナは眼を閉じると、ほんの一瞬、イキイキとした映像が浮かび上がった。ピアノを弾く森口リオン。でも、彼の音は聴こえない。弾けもしないのに、指を動かしてみる。
そして、おもむろに携帯電話を開いた。受信ボックスを何度確認しても、そこに森口リオンの名前はなかった。
はあ、と息を漏らす。
何か、感情をもてあまして、くさっていた。
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