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【小説】 疲れ

【ミウ】

 「ミウ、どうにかならないかな・・・?」

 ヒロナが珍しく俯いていた。髪の毛で目が隠れてしまっている。
 原因は一つしかない。マキコの存在だ。レコーディング以降、彼女のバンドに対する想いがガラリと変わった。“アキに追いつきたい”という気持ちが芽生え、分かりやすくバンド内の空気を悪くしてしまっている。

 「ヒロナの気持ちも分かるけど、たぶん、今は難しいと思う」

 「どうして?」

 「だって、事務所に入ったってそういうことでしょ?」

 私たちは、自分たちの予想よりも早く、ミュージシャンとしてデビューしてしまった。アルバムをリリースし、一丁前に写真を撮ったり、インタビューに答えたりと。いわゆる芸能活動を始めてしまったのだ。

 「それはそうだけど・・・。こんなことになるとは思ってなくて・・・」

 「マキコの性格を知ってたでしょ? だから、事務所に入る前も揉めたんじゃん」

 「分かってるよ・・・」

 こんなにアッサリと事が運ぶなんて。メンバーの誰も予想していなかった。のんびりとバンドを楽しむために事務所に入ったつもりだったのに。現実は違った。
 言われたことに新鮮な気持ちで応えていただけで、いつの間にかCDデビュー。曲を広げるためのプロモーション。ライブ。ライブ。ライブ。
 高校最後の一年だというのに、土日を返上して全力疾走している実感があった。

 「マキコは、もうレコーディングの時みたいな敗北を味わいたくないんだよ。だから、今、自分のためだけに頑張ってる。でも、それは私たちだって同じでしょ?」

 「でも、それでバンドの空気が悪くなるのはおかしいじゃん・・・」

 「うん。それは私もそう思う。でも、空気は悪くなってるかもしれないけど、音楽のクオリティは圧倒的に上がってるよ」

 マキコ一人だけの問題ではないと思う。デビューしてしまったからには、恥ずかしくない演奏をしたいと思うのが人間だ。
 これまで以上に練習に熱が入ってしまう。時間配分を考えると、自由時間を削らなくてはならない。マキコは睡眠時間までも削っているそうだ。
 親だけでなく、親戚や友達からもプレッシャーを感じるようになり、ますます追い詰められていた。覚悟なんて持ってないのに・・・。

 「クオリティを取るか、バンド内の空気を取るか。どっちかしか選べないの・・・?」

 「そんなの分かんないよ・・・。でも、今、マキコのモチベーションは間違いなく、“アキへの対抗心”になってる。マキコの気持ちも分かるから、私は何も言えない」

 いや、言えないんじゃない。言うのが恐かった。
 ひょんな一言が、マキコの気持ちにブレーキをかけてしまうかもしれないという思いがあったから。このまま、彼女の気持ちが収まるのを待ちたかった。
 いつもなら全く違う意見をぶつけてくるヒロナも、今回ばかりは初めての事が多すぎて、判断材料が足りないらしい。何度も頷くだけで、考え込んでしまった。

 「アキはなんか言ってるの・・・?」

 「ううん。特には・・・」

 「え、なんにも言ってないの?」

 「いや、ごめん。正直、ちゃんと話せてない。“私は大丈夫だよ”っていう雰囲気は伝わってくるんだけど。それだけ」

 まさか、アキとコミュニケーションが取れていないとは思っていなかった。
 
 「ごめん・・・、色々ヒロナに頼りすぎてたのかもしれない。じゃあ、私がアキに聞いてみるよ」

 「・・・ごめん」

 マネージャーの阿南さんとの連絡係も担っているから余計に負担がかかっていたのだろう。ヒロナは会話中、一度も顔を上げなかった。ずっと下を向いたまま。
 私含め、みんな、自分のことだけに必死になっていた。そもそも、学校生活とバンドの両立だけでも大変だったのに。さらにアーティスト活動が加わるなんて、明らかにキャパオーバーになっている。

 「ううん、私も自分のことに必死だったし、マキコのフォローに付きっきりだったからさ。ヒロナ、少し休んだ方がいいよ」

 「うん・・・。本当にありがとう。じゃあ、よろしくね」

 結局、私と目も合わせないで、彼女は去って行った。
 ここまで疲弊するヒロナは見たことがない。幼馴染で親友だったというのに。
 自分が思っている以上に、バンドはピンチなのかもしれない。
 ヒロナの丸まった背中を見送りながら、小さな覚悟を握りしめた。

1時間22分 1750字

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