白い息(ミウ)

【緒方ミウ】

 我が家には、年越しの瞬間は神社で過ごすというルールがある。除夜の鐘を聞きながら家族で熱い甘酒を飲む。お父さん、お母さん、お姉ちゃんたち、そして私の5人は、その年の抱負を語らい合う。鐘の音に負けないように、少し大きな声で。将来の話はもちろん、勉強の話、彼氏の話、趣味の話。朗らかな父の性格もあってか、女4人は、あけすけにプライベートの話を共有する。
 幸福な家族の一場面だと自分でも自覚していた。

 「アキちゃんと初詣に来れるなんて嬉しいなあ」
 年越しを家族で迎えているため、日が昇ってからは二回目の初詣に行くことができた。毎年、ヒロナ家族に混ざり二度目の参拝に行っていたが、今年からは、そこにアキが加わった。

 「こ、こ、こ、こ、こちらこそ、お、お邪魔して・・・ご、ごめんなさい」
 アキは誰かと初詣に行くことが初めてのようで、ひどく緊張していた。ヒロナが電子ドラムを買ってからは、ヒロナ家で練習をすることが多くなり、家族とは何回も会っているのに。

 「なんで謝るのよ! 誘ったのコッチだし!」
 前を歩くヒロナの母、弟の姿を追いながら、私たち3人はノソノソと歩いていた。私を挟み、ヒロナとアキの応酬は続く。ヒロナの大きな口から出るソレとは違い、アキの口からは小刻みに白い息が漏れている。心の声を一生懸命に言葉に変換しようとしているのが目で見て分かった。

 「で、で、でも、せっかくの、か、か、家族の時間なのに・・・」
 ヒロナの両親は私たちが中学に上がるタイミングで離婚をした。そして、苗字が“山沖”から“茂木”に変わった。同級生の誰もが、この事実が何を意味しているかを理解し、冷やかすことはなかったが、ヒロナが自分で「今日から茂木になりました!」なんて言うから、場が騒然としたのを覚えている。
 アキの父親は亡くなっているため、状況は違うが「父親がいない」という共通点に想いを寄せ、気を遣っていた。

 「アキ、それ言ったら、毎年ヒロナ家族と過ごしてる私が無礼者みたいじゃない!」
 「あはは! ほんとほんと!」
 「ち、ち、違う、そ、そ、そうじゃなくて!」


 私もヒロナに気を遣っていた時期があった。
 気丈に振る舞っているようで、実は繊細で傷つきやすいことを知っていたから、なんとなしに「大丈夫?」と一言だけ聞いたことがあった。
 ヒロナは何に対しての「大丈夫?」かを瞬時に察知して答えた。自分が同情されていることに気付いていたのだろう。

 「ありがとう、ミウはなんだかんだ優しいよね・・・なんだかんだじゃないか、ごめん。でも、ありがとう、本当に大丈夫。私はこの上なく幸せだから。あのね、お父さんとお母さんが離婚して分かったことがあるの」
 「・・・うん」
 「幸せって自分で決めるモノなんだって」
 ヒロナは強くて迷いのない目をしていた。
 「最初は離婚して寂しかったんだけど、学校に行って、みんなと一緒にいると、楽しくて幸せなんだよね。ミウがずっと横にいてくれてさ。そうすると寂しいっていう気持ちは薄れていく」
 まるで大人みたいに自分の気持ちを整理して話すヒロナの姿に驚いた。
 「だから、別に思い出ごと消す必要はなくて。“寂しい”とか“辛い”って気持ちを忘れるの。そして、目の前の幸せを掴めばいいんじゃないかなって」
 
 ウチは両親も姉妹も仲が良くて、親子でも喧嘩が少なく、不自由なく生きてきたから分からなかった。離婚が良くないことだと思い込んでていて、仲がいいことが幸せだと決めていた。でも、それこそが【自分で決めた幸せ】だったのかもしれない。
 私の幸せとヒロナの幸せは違う。
 幸せは自分で決めるモノ。
 そう思ってからは、さらにヒロナと距離が縮まり、理解し合えた気がした。


 本日二回目だというのに参拝方法が分からず、結局、前の人たちの見よう見まねでお賽銭を投げた。目をつむり、中草コウシとのこと、勉強のこと、バンドのこと、たくさんお願いをしたつもりだったのに、横を見るとヒロナもアキもまだ顔を上げていなかった。
 
 「ねえ、二人とも長い時間、何をお願いしたの?」
 「ふ、ふ、二人と、ず、ず、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとバンドできますようにって!」
 「アキ、神様に迷惑だから! その長さは! ヒロナは?」
 「もちろん、バンドのこと! あと・・・」
 先ほどまでの笑顔が嘘のように、ヒロナは言い淀み目線を落とした。
 「ど、ど、どうしたの?」
 「最近、気になることがあって、それを聞いてみてたの」
 「怖い怖い。なによ?」

 「・・・私たちって、変わっちゃったのかな?」
 何を言いたいかはすぐに理解できた。
 私たちは、最近、学校で浮いていた。
 明確な理由は分からないが、多分、バンドが関係している。私に関しては彼氏も関係しているだろう。
 それぞれがバラバラのクラスなのに、同じように「変わったよね」「あんなだったっけ?」「調子乗ってない?」と悪意の視線を向けられていたのだ。
 
 「か、か、変わってないよ!」

 アキが小さく口を開くと、白い息をかき消すように大きな鐘の音が響いた。

2時間3分・2060字

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