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【小説】 助走する力

【マキコ】

 高校2年に上がるタイミングで“広瀬マキコ”という自分のイメージを変えることにした。容姿端麗、文武両道という完璧な女性像からの脱却。だからといって、髪型や服装が乱れるワケではないが、心の中で“友情を切り捨てる”と決めたのだ。

 友情とは自分を守るための盾だ。
 これまでの私は、こう思ってきた。自分が人より恵まれた容姿に生まれてきたからこそ感じたことかもしれない。
 人とは違う才能を持っていると、集団の中ではイジメの標的になってしまう。分かりやすいのが見た目だ。太っていたり、背が小さいというだけでもイジメの対象になる。言葉もそう。大阪から転校してきた子が、関西弁というだけで笑われ、馬鹿にされていた。
 どれも大切な個性で、自分にとっての大きな武器でもあったのに。
 皆、イジメられないように必死で“普通”の人間になろうとしてしまう。

 だから、たくさん友達を作った。積極的に人に話しかけたり、ボランティアに参加したりして。「みんなと同じ」という意思表示を欠かさなかった。
 友達ができると、自分のことを守ってくれる。勉強もスポーツもできて、男子からもモテていたが、嫉妬の目を浴びせられることもない。「みんな仲良く」過すことができた。友情が盾となり、私を守ってくれていたのだ。

 「マキコってさ、最近、肩の力が抜けた感じがする。なんかあったの?」

 2年生になり二週間ほど経った頃、クラスメイトの女子に言われたことが忘れられない。
 基本的な立ち振る舞いを変えたワケではない。ただ心境の変化があっただけ。でも、それが人には伝わっていたらしい。しかも「肩の力が抜けた」という印象を与えていたなんて。自分でも驚いた。

 バンド活動が活発化してきたこともあり、さらに友達の輪は広がった。「なんでも出来て、人に愛される完璧な女子」という印象から「実はサバサバしてて、人間的な潔さがある」というイメージに変わったらしい。友達の種類も変化した気がする。
 “友情を切り捨てた”はずなのに、どういうワケか、友達が増えたのだ。
 ・・・皮肉な話だ。

 「最近、バンドの方はどうなの・・・?」

 「どうなんだろうね。阿南さん的には、今が勝負! って感じらしいけど」

 母とも自然と話せるようになった。帰ってくる場所があるだけで、こんなに心が強くなるとは知らなかった。だから、新しい挑戦や変化に飛び込むことができる。心の安心が、挑戦する前の最も大切な準備なのかもしれない。

 「実はね、バンド内の空気をあたしが壊してるんだ」

 「どうして?」

 「もっと上手くなりたくて・・・」

 「だったら、別に空気を壊す必要はないじゃない」

 「まあ、壊すというか、距離を置いてるだけなんだけどね。みんなと一緒にいると、甘えちゃうからさ。一緒に仕事をしてても、あたし一人だけ喋らなかったりするから、『ああ、あたしのせいで空気悪くなってるなあ』って」

 母に自分の本当の気持ちを打ち明ける日が来るなんて。想像してなかった。でも、家の中でこんな会話ができるなんて。嬉しいし、有難い。どんな言葉を言われようと、自分が吐き出す場所があることは精神衛生面的に助かる。

 「まあ、そんなもんよねえ。わかる気がする」

 「え、わかるの?」

 「私も高校生くらいの時は、似たようなことを考えてた気がする。摩擦が起きてもいいから自分の気持ちを優先させようって」

 「・・・そうなんだ」

 母と会話をするようになって、たくさん勘違いをしていたことに気づいた。私たちは、たぶん似ている。そして、私たちは、コミュニケーションが少なすぎたんだと思う。やはり、会話をしなければ。会話を。

 「でも、あなたが、自覚してるならいいんじゃない? 」

 「自覚?」

 「今、自分がどういう状況に置かれているかをしっかり考えて、その上での行動なワケでしょ? 私からしたら、もっと違う方法があるんじゃない? とも思ってしまうけど。今のあなたには、そうするしかないんでしょ?」

 「・・・うん」

 「まあ、詳しくは知らないけど、あなた、今、良い顔をしてるわよ。本当にバンドをやりたかったんだなっていうのが分かる」

 母はこんな人じゃなかった。もっと狭い考えの持ち主だった。私のことを理解しようなって一ミリも思っていなかったはずなのに。
 
 「・・・そんなこと言ってもらえるなんて思ってなかった」

 「なによそれ。私が意地悪するとでも思ったの?」

 「いや、そういうワケじゃないけど。お母さんにそんなこと言ってもらった記憶がないから」

 「失礼しちゃう! 私は昔から言ってるじゃない? 自分がどんな行動をしてるのか、どんな人間なのか、客観的な視点を持ちなさいって」

 確かに、思えば母の言い分は一貫していた。自分が恵まれていることを自覚して、だからこそ考えて行動しろと。おかげで慎重な完璧主義になってしまったんだけど。

 「・・・ありがと。なんか、スッキリした」

 「・・・あら。そんなこと言ってもらえるなんて思ってなかったわ」

 私は“友情を切り捨てた”。いや、“切り捨てることができた”。
 自分の心の安心が確保されていたから決断できる。母が、支えになっていたから。帰る場所があるから。意志を強く持つことができる。
 今は、自分を優先しなければいけない。それが、バンドのためになるはずなんだ・・・。


 2150字 2時間20分

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