【小説】 海と涙。
楽屋に戻ると、そこに森口リオンが立っていた。
一年生のピアニスト。ヒロナの気になる人。音楽祭のトリを務める人。
ボサボサの髪の毛、とがった鼻筋、目尻が上がった大きな目。静かな空気をまとった彼は、他の誰にも目もくれず、ただ一人、アキのことを見つめていた。
「バンド、すごい、良かった」
単語を切りながら、彼は言った。高くも低くもない、テノールの声で。スッと背筋が伸びてるせいか、実際よりも背は低く見えない。誰が見ても、彼は大人っぽかった。
「ああ、ありがとう! 森口くんはもうすぐだもんね。ピアノがんばってね!」
マキコは快活に答えた。その対応には、ライブ終わりの余韻はなく、すっかりバンドから生徒会長モードに切り替わっている。さすがだ。
「でた、女優モード」
ミウは小さく呟いたが、ヒロナは彼から目が離せずにいた。
彼はマキコの存在には目もくれず、刺すような視線をアキに送り続けている。
「海が見えた。しょっぱくて、大きくて、青い海が。すごい、感動した」
リオンくんは小さい口を小さく開けて言う。
マキコちゃんは口をポカンと開けていた。私もミウも、彼が何を言っているのか理解できずに様子を伺う。
「あ、あ、うん、ご、ごめんなさい。た、たぶん、泣いちゃったから・・・」
目を腫らしたアキちゃんが、頭を下げながらそう言った。
「き、き、きっと、私の涙が、し、し、しょっぱい歌にしちゃったんだと思う」
必死に説明しようとするアキちゃんは、妙に恥ずかしそうな顔をしている。
確かにライブでアキちゃんは涙を流していたけど、それがどうしてこんな会話になるのか・・・。
リオンは、しみじみとしたやわらかい目をしていた。
「うん、でも、感動した。おつかれさまでした」
彼はそれだけ残すと、廊下を抜けて舞台袖に消えてった。
マキコちゃんは「なにあの子、感じ悪い」とボヤいていたが、私もミウも、あの会話の意味がなんとなく分かった気がした。だから、なにも言わなかった。
胸がキュッとなるのを感じる。
もし、私が涙を流しながら演奏してたら、森口リオンはやっぱり、あんな目をして聞いてくれるのかな?
わかんない・・・。
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