【小説】 負けたくない
【マキコ】
誰にも負けたくない。
その想いだけが日毎に増していく・・・。
あたしは高校生活を捨てることを決意した。
バンドに加入し1年。
ヴォーカルもギターも未経験だったが、持ち前の“見えない努力”を積み重ね、なんとか人前で披露できるようになった気がしていた。不言実行こそ、あたしの美学だ。みんなが遊んでいる隙に、隠れて必死に練習した。そして、自分の容姿と歌声のギャップをセールスポイントにして、アキさんとの差別化まで考えた。
狙い通り、観客にも受け入れられ、新たな自分の扉を開くことができたと思う。しかも、厳格な母の心まで動かすことに成功したのだ。
人生の大きな転換期だ。
しかし、どれだけ差別化を図っても、アキさんには勝てなかった。声質、キャリア、パフォーマンス。どれをとっても敵わない。衝動的に音楽を始めた自分と比べることが間違いなんだ。アキさんと競うことに意味はない。
割り切って考えていたが、心の中のモヤモヤが噴出してしまった。初のレコーディングが決定打。
大人にも認められるほどの圧倒的な才能に激しく嫉妬し、火がついてしまった。彼女と一緒にいることによって、どんどん燃え上がる。この炎を自分の中だけで消火することは難しかった・・・。
自分の中での最善策は、「会話をしない」ということ。
人柄の良さ。優しさ。可愛さ。心の底からアキさんを尊敬してしまっている自分がいる。会話をすれば、甘えるに決まってる。だから、無視をして、徹底的に自分から遠ざけようとした。
自分がバンド内の空気を壊していることも分かっていた。でも、貫くしか道はない。もっと上手くなりたいんだから。もっと上に行きたいんだから。
そんな時は、心で何度も唱える。母の教えを反芻する。
「人生はトレードオフだ。何かを犠牲にしなければ、何かを得られることはできない」
私は、友情を犠牲にした・・・。
735字
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