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【小説】 開演前


「ミウも誘ったんだけど、大学の授業があるんだって」
「そ、そそ、そうだよね、マ、マキコちゃんも高校生だし」

 完全に手持ち無沙汰になっていた。
 開場と同時に入場してしまった私たちは、まだ客もまばらな客席に、小さく二人座っている。
 音楽祭を思い出す真っ赤な座席。天井が異常に高く、劇場がゆるやかな筒状になっている。コンサートホールという名前がついてるだけあって、音の反響を考慮した作りなのだろう。

「なんか、つまんなくなったよねえ」
「しょ、しょうがないよ。ふふ、普通に考えたら、私たちが、しゃしゃ、社会不適合者なんだから」
「まさかアキちゃんの口から“社会不適合者”という言葉が出るとは・・・」

 劇場入り口には“推薦演奏会”と書かれていた。リオンくんのSOSメールの文面とは全然違う雰囲気で、確かに緊張感はあるが、受付にいた教員の姿や出演者の家族らしき人たちからは上品な喜びが溢れている。

「だ、だって、私、が、学校でもどこでも、ずうっと、ふ、ふふ、不適合だったから!」
「言葉の重みよ!」
「で、でで、でも・・・、やっと落ち着ける場所を見つけた気がする」

 この日出演するピアノ奏者は二人。その他は、オーボエやヴァイオリン、声楽など、様々な楽器、ジャンルの人が名を連ねていた。
 もしかして、このラインナップに選ばれているって、凄いことなんじゃない?

「・・・私もそうかも。この場所が一番落ち着く」
「しゃ、社会には、てて、て、適合できなかったかもしれないけど、おお、音楽の世界だったら、受け入れてくれる」
「あ、言われてみたら私、学生時代に“問題児”って言われてたわ」
「え、じじ、じ、自覚なかったの?」
「なかったよ! え、アキちゃんもそう思ってたの?」
「いや・・・、あの」
「ちょっとー!」

 会話が盛り上がるのと比例するように、続々と客席に人が流れ込んできた。音楽祭の時とは客席の雰囲気も違う。やっぱりどこか上品。というより、下品な人が少ない。ダルそうにしてる人はもちろんいないし、大人のほとんどは正装をしているのが、余計に気品を感じさせるのだろう。

「なんか、思ったより、ちゃんとしてる演奏会だよね」
「うん。か、かか会場に入った時から思ってた・・・」

 徐々に周りの空気に飲み込まれる。
 キョロキョロと目だけで周囲を伺った。

 ここで森口リオンは演奏する。
 たった一人で、ピアノと向き合う。
 
「なんか、すごいことになりそうだね」
「うん」

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