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【小説】 見えない糸の、ほつれ。


 身体が緩んでいくリオンくんと違って、私の身体はドンドン硬直していった。カタカタと小さく震えていた肩の揺れが、徐々に大きくなっていく。心臓が飛び出してしまうほど胸は強くリズムを刻んだ。「俺、ヒロナのことが好きだよ」というリオンくんの言葉が耳の奥でこだましている。現実を受け止めることができない。

 ずっとその言葉を待っていた。それで、一度、私はフラれた。諦めたはずだった。でも、やっぱり彼が好きだったから、恋愛とは違う絆を育んでいるつもりだった。そしたら、これだ。夢にも思っていなかったセリフ。何か答えなきゃと思っているのに、なかなか言葉が出てこない。

 口元を恥ずかしそうにピクピクと動かしながら、リオンくんは私の反応を待っていた。ピアノの前に静かに座っている時のような神聖な雰囲気は微塵もない。どこにでもいる男の子の反応だ。でも、どこか自信のある表情で、告白の成功を確信してるようだった。

 私、リオンくんのことなにも知らないんだな、と思った。彼がこんな俗っぽい表情を持ってるなんて。どうしてもっと早くから出してくれなかったんだろう。これまでは、何かを演じていたの? それとも、今が何かを演じているの?
 踏み込んだ話なんてしたことなかった。いつも、ピアノの話とか、音楽の話とか。よく考えたら、お互いの仕事の悩みを言い合うだけの関係だった。男と女の話をしたのは、一度だけ。私が告白をした時……。

 胸がキュッと締まる。
 あの時、リオンくんは、アキちゃんのことが好きだと言った。好きだけど、この気持ちが本物かどうかは分からない、って。だから、諦めたのだ。私もアキちゃんのことが好きだったから。大好きだったから。お似合いの二人だと思ったから。自分を納得させることができたのだ。そして、アキちゃんも彼のことが好きだと分かり、私は完全なる敗者になった。はずだった。

 アキちゃんという目に見えない糸が絡まっている。ほどいてしまいたい。でも、気が引ける。黙っていた方がいい、忘れてしまえと、もう一人の自分が叫んでいる。でも、でも、でも。聞かずにいると、ずっとアキちゃんの影がつきまとってくるかもしれない。だって、アキちゃんは、同じバンドメンバーなんだから! 関係が崩れるのは目に見えている。こんなに近い者同士なのに、どうして好きとか嫌いが交差しなくちゃいけないんだろう。世界はもっと広い、自分が思ってる以上に、広い。分かっている、分かってるけど、でも……。

「リオンくんは、アキちゃんのことが好きなんだと思ってた」

 私の口は動いていた。

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