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【小説】 春はどこからやってくる。


 会場を出る頃には、すっかり空が茜色に染まっていた。一日中、会場の中で照明を浴びていると、時間感覚が分からなくなるが、こうして外の空気を吸うと、体内時計がリセットされる。

「陽が伸びたねえ」
 そう言いながら、ミウは大きく伸びをした。

「いよいよ春って感じ」
 私が空に向かってしみじみ呟くと、ミウはニヤニヤと笑みを浮かべる。

「ヒロナの春は、急がないとねぇ」
「え?」
「もりぐちりおん」

 まるで呪文でも唱えているかのように発せられた言葉に、私の胸はドキリとなった。顔がポッと火照り、肩があがる。
 ミウは、とうとう声を上げて笑った。

「ヒロナは完全に恋したんだね、彼に」
「まさか! 確かにピアノの演奏はすごいと思ったけど、それは彼の『演奏に』恋をしたってだけだから。それにリオンくんは弟と変わらない年齢なんだし、年下に恋するなんて、ないない!」

 饒舌になるほど、ミウの笑いは大きくなった。「わかったわかった」と身体を震わせる姿に、思わずムッとなる。

「ねえ、本当に違うって! しかも、今日の音楽祭で、どれだけライバルが増えたと思ってるのよ?」
「ほお、ライバルねぇ・・・、ふーん」
 ミウはそう言うと、指を顎に当てて思案した。心当たりがあるのだろう。

「でしょ? だから、ないない! 仮に私が恋をしてたとしても、私よりもアキちゃんとかの方が彼には似合ってるよ!」
 自分で言って、胸が痛む。

「才能がある人たちがくっついた方が、絵になるし・・・」
 嘘を吐いてるワケじゃない。私の言葉は本当だ。
 本当なんだけど・・・。

「ヒロナって、誰目線なの?」
「へ?」
「いや、ヒロナってそんな感じだったかなって思って」

 遠くでカラスが鳴いた。

「もっと自分に正直で、いやむしろ、正直すぎて、自分目線でしか語れなかったんじゃなかったっけ?」

 言葉にはトゲがあるのに、ミウの眼は優しかった。
 その眼を見ていると、懐かしい気分になる。

「ま、でも、卒業まで時間ないからね。あとはヒロナ次第かな。昔みたいに、自分視点で考えた方がいいよ!」

 そう言い残すと、ミウは駅へ向かわずに街へ消えていった。
 これから家族とディナーがあるらしい。
 一人、ぽけぽけと歩く私。
 ゆっくりと胸の辺りをさすってみるが、手に痛みは伝わらない。

「ごめんね、私、痛かったね」

 空がじっくりと薄闇に包まれていく。
 もう、春は、そこまで迫ってきている。


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