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【小説】 花の名前。


 ちょっとだけ。
 ほんのちょっとだけ。
 私は、花が欲しくなった。

 マキコが合唱で咲かせた緑の花は、脳内で再生されるリオンの演奏とよく合った。情熱的な伴奏の風に吹かれても、ビクともしない緑の花。叙情的なピアノの雨が降っても、空間がふくらむようなメロディが流れても、凛として輝き続ける強い花。
 二人が揃った時に、どんな音楽が生まれるのだろうか・・・。

 しかし、現実はリオンが弾いているワケではない。マキコのクラスメイトの一人が、ピロンポロンと無闇に鍵盤を叩いているだけだ。だから、マキコの存在を生かしきれていない。緑の花の主張が、やけに強く見えてしまう。
 ヒロナは、客席で静かに肩を落とした。
 
「優勝は、このクラスかな」
 隣でミウが囁いた。たぶん、いう通りの結果になるだろう。それくらい、ピアノの子だって、本当は上手いんだから。私が勝手に、脳内変換してしまってるだけ。リオンの音色が耳から離れないだけ。
 私の代わりに、ミウの奥に座るアキが頷いた。

 課題曲に続いて、自由曲が始まる。曲は「春に」だ。
 中学時代にも音楽の授業で習ったことがある。でも、それとは全然違う響き方をしている。ホール全体に、混成3部のそれぞれのコーラスが、優しく共鳴し合っていた。きっと、このクラスは仲が良かったのだろう。
 内から溢れるエネルギーの流れを発散させるだけではない。コントロールされた歌。腹へ、胸へ、そして喉へ。歌が伝わっていく。レベルの高い合唱だった。

 衣装のカラフルなスカーフは、本当に花を模していたのだと確信した。
 花の名前は、その子の名前と同じなのだろう。もどかしさを抱えた、生徒それぞれの花なんだ。マキコのように大ぶりな花を咲かせた者もいれば、まだ蕾のままな者もいる。その絶妙なアンバランスさが、歌詞をさらに引き立てていた。
 「この気持ちはなんだろう」という言葉が、ヒロナの胸をやけに強く叩いた。
 
 

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