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【小説】 N極とS極 (ミウ)

【ミウ】

 大人と子どもの違いはスピード感なのかもしれない。
 興味があったり、やりたいことはすぐにやってみる。いや、やらずにはいられない。その意味では私は大人だったし、ヒロナは模範的な子どもだった。

 ヒロナは思いつきで行動する。
 考えるな、感じるな、まず動け!
 次から次へとやりたいことの興味は移り、失敗を繰り返す姿を目の当たりにしてきた。そして、何度も巻き込まれてきた。
 小学校の時は「男子ばかりが野球に打ち込むのはズルい」と言い出し、野球クラブの中に選手として乗り込んだり。ある時は放送クラブに乗り込み「自分の好きな落語家のCDを流して欲しい」と直談判に行ったり。学校に住みついた野良猫を教室内に持ち込み「どうして野良猫を放っておくのか、このまま死んでもいいのか」と先生を問い詰めたり。いつも誰かを困らせていた。駄菓子屋でお菓子が買いたいために、お金の稼ぎ方を必死で考えて、駅前でアカペラの歌を披露してたこともあったっけ。

 誰になんと言われようと、自分がやってみたいことには真っ直ぐ挑戦した。
 いつも隣には私がいて、計画が失敗に終わると二人で一緒に怒られた。私は側で見ているだけなのに。むしろ「やめた方がいいよ」「怒られるよ?」と注意喚起をしてきたはずなのに。何度ヒロナに抗議をしても、彼女は私の名前を共犯者として挙げた。「一緒に怒られたらショックは二等分されるし、また一緒に立ち直ることができるでしょ?」なんてことを言いながら。

 アクセルを踏むヒロナとブレーキを踏む私。
 幼馴染とはいえ、正反対の者同士が親友だとは誰もが不思議に思うだろう。私もおかしな気分だったが、ヒロナに「磁石みたいな関係で面白いよね!」と軽く言われたことが妙に腑に落ちたことがある。
 性格は真逆でも、彼女の言い分はとても分かりやすく、興味深いことばかりだった。身勝手なように見えることがキッカケで、ガラの悪い女子グループに目をつけられたこともあったけど、話し合うと、ヒロナには一貫した素直さがあったことが良かったらしい。逆に気に入られるという変な現象が起きていた。不良と素直は紙一重なのかもしれない。

 文化祭が終わった翌日。振替休日にも関わらず、「緊急会議」とメンバー全員を自宅に呼び出した。余韻に浸る時間などない。予定があろうがなかろうが、無理矢理にでも全員集合することがマストだった。

 「ごめんね、せっかくの休みなのに集まってもらっちゃって」

 言葉とは反対に、驚くほどキラキラした表情でヒロナは語り出した。

 「いきなり結論から言っちゃうんだけど、私たち『HIRON  A‘S  BAND』は、芸能プロダクション『プレジャー』に所属します!」

 は・・・?
 誰も口には出さなかったけど、きっと心の中では同じタイミングでハモっていたと思う。 

 「所属しますというか、まだ契約とかはしてないんだけど、それぞれの親に正式に伝えておいてくれない?」 

 「ちょっと待ってどういうこと? 色々飛ばし過ぎ!」

 さすがに急すぎる話に、待ったの声を出すことができた。

 「あ、ごめんごめん! えっとね、昨日のライブを、以前スカウトしてくれた阿南さんがコッソリ見にきてくれてて、改めてスカウトされたから今度は引き受けようと思うって話」

 「わ、私は昨日の帰り道に、そ、その、その話を聞いてて・・・」

 アキはなんの補足にもならない補足をしたが、どうやらヒロナの意見には賛同の意思があるように見えた。
 
 「え、なんでそんなアッサリ決めたんですか?」

 マキコは困惑していた。
 メジャー思考というか、人前に立つために生まれてきたようなマキコにとってスカウトはこの上ない喜びだったが、前回の件がある。一度目のスカウトでは、欲望を実現するために浮かび上がってきた自分の汚れた部分と直面し、色々と考えたはずだ。
 
 「アッサリでもないんだけど、簡単に言うと『バンドを正々堂々と続けるため』かな?」

 「続けるため?」

 予想外の返答に私とマキコの声が揃った。
 
 「だって、来年からは受験も始まるし。何かと大変でしょ? そんな時にバンドやってたら、友達からも先生からも親からも怒られそうじゃない?」

 「で、でも、事務所に入ってたら、しゃ、しゃか、社会から認められたバンドになるはずだから、堂々とバンドできるんじゃないかって・・・」

 今度はアキが、ちゃんとした補足をした。
 ヒロナらしい言い分だと思った。
 バンドを続けるために事務所に入る・・・か。

 「なるほどね・・・」

 「わー! 久々に聞けた気がする! ミウの「なるほどね」が! 嬉しい!」

 ヒロナの今までの性格を考えても、バンドに熱中したからといって、成績を落とすようなことは絶対にしないはず。単純に世間の風当たりを考えた上で、純粋にバンドを続けたいという気持ちが強いのだろう。

 「え、え、ちょっと待ってください! そんな理由なんですか?」

 「うん」

 マキコは芸能界について、将来の具体的な展望などを考えたに違いない。一生にまつわる大事なことだと真剣に悩んだようだ。

 「だって売れなかったらどうするんですか? 一生音楽で生きていくつもりですか? 大学とか、就職とかはどうするつもりなんですか? こんな簡単に決めていいんですか?」

 「マキコちゃん、未来の分からないことは考えたってしょうがないんだよ。今まで通り、勉強もするし、バンドもする。それでいいんじゃない? 阿南さんは『君たちの人生のサポートがしたいだけだから』って言ってたしね。大学に行ったっていいワケだし、就職したっていいんだよ」
 
 「そ、そんなこと許されるワケないじゃないですか!」

 「あはは! だったら事務所を辞めればいいだけじゃん。私はバンドを続けられればそれでいいの。就職したり結婚してるのに、堂々とバンドやってるってカッコよくない?」

 「・・・・」

 あまりのシンプルな意見にマキコは何も言えなくなってしまった。マキコ自身が過去に芸能界にスカウトされたこともあるせいなのか、慣習や世間の価値観に囚われていたのかもしれない。もちろんマキコの考えも分かる。もう少し漠然とはしているが、むしろ、私はマキコ寄りの考えだった。
 しかし、やはりヒロナの考えには納得いってしまうのだ。

 「まあ、契約とか難しい話は大人にしか分からなそうだけど、とりあえず、今の話をそのまま親に言ってみる。私もバンド続けるつもりだし」

 「いえい! ミウ! そうこなくちゃ!」

 「あたし・・・、言えるかな・・・」

 「マ、マ、マキコちゃん、きっと大丈夫だよ。だ、だって、マキコちゃんの演奏、み、みて、見てくれたんだから」

 「・・・」

 大人はいつも不安にすることを言う。

 考えさせて、感じさせて、安心するまで行動を促さない。

 その意味では、私とマキコは大人なんだと思う。

 でも、私たちは気付けばバンドをしていたし、いつの間にか夢中になっていた。

 そう考えると、私たちは、全員、模範的な子どもなのかもしれない。
  

 1時間58分 2800字

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