見出し画像

【小説】 ポーッとする。


 時間が伸びている。
 ゆるゆるになった輪ゴムみたいに、締まりがない。
 そのせいか、ここのところ、ずっと足踏みをしてる感じがあった。
 ヒロナのすることといえば、ドラムの練習をすることと、歌詞を考えること。
 そして、これからの人生について悩むことだった。
 クラシックを流しても、通学の電車で目を閉じても、頭の中は考え事ばかり。
 普段なら学校生活、友人関係、バンドなど向き合うことが多いせいか、時間は脱兎のごとく過ぎていく、
 しかし、卒業間近のたったの2ヶ月が、恐ろしく長く感じた。

「ヒ、ヒロナちゃん・・・、ま、ま、また考え事? だ、大丈夫?」
 アキの透き通った声が耳を撫でる。
 優しい耳心地に、一瞬反応が鈍くなり、それがさらにヒロナのぼんやり感を際立たせてしまった。
「ん、あ、うん。ごめん、大丈夫・・・」
 自分らしくない反応に、さらに動揺する。
 ヒロナは後ろの席を振り返ると、アキが重たい前髪の下から、真珠のような瞳に光を集めていた。
「な、な、なんかあったの? バ、バンドのこと?」
 人の心配をよそに、今にも光がこぼれ落ちそうなアキの眼に、ヒロナは見惚れていた。じっと見つめられることを不審に思い、アキが、
「なに? わ、私の顔に、なにかついてる?」
 と聞くと、ヒロナはニンマリと目を三日月の形にして、
「アキちゃんって、本当に綺麗な眼をしてるよね」
 と言った。
 思いがけない返答に、アキは照れるよりも先に、ビックリしてしまった。
「な、な、なに!」
「ううん。純粋に、そう思っただけ!」
 ヒロナは、アキの前では自分の感覚に素直になれた。
 世界に敏感に反応するアキとは、言葉にできない部分で共鳴し合う部分が多々あったから。すぐに同化することができるのかもしれない。
 気付けば似たような景色を頭に描いていたり、曲作りでも、お互いの波長が合うのを感じていた。
 アキがそばにいると、そもそも自分は頭よりも先に身体が反応する人間であったことを思い出す。そして、同級生であるにも関わらず、姉妹のような温かさを感じた。

「アキちゃんはさ、これからの将来、悩んだりする?」
 真っ直ぐ質問するヒロナに、アキは眼をキョトキョトさせる。
 眼の光を一緒に揺らしながら、「うーん」と考えた後、口を開いた。
「悩まない、かな。だ、だ、だって、友達がいるから!」
 脳内にある“悩み”を懸命に探したのだろう。あっけらかんとした潔い表情をみせるアキに、ヒロナは驚いた。へえと頷くヒロナに、アキは続ける。
「ま、ま、前にも同じ話をしたかもしれないけど、わ、わ、私は、ヒロナちゃんとか、ミウちゃん、マ、マ、マキコちゃんっていう友達が見つかったから、それで十分なんだ」
 言葉に詰まりながらも、噛み締めるように話すアキの姿に、胸が熱くなるのを感じた。
「は、は、初めての文化祭の後に、私の周りに人だかりができたり、こ、こ、これまではなかったみたいに、お、おと、男の子たちからもチヤホヤしてもらったりしたんだけど。それに対する、ま、ま、満足感みたいなものは、私にはなかったの。それよりも、みんなと音楽を作っている時間の方が、よ、よ、よっぽど大切だし、それで私は満足。ずっと一人で音楽を作ってきたから・・・」
 バンドの前と後で、みんな変わった。
 いや、バンドを始める云々は関係がない。
 この三年で、みんな変わったのだ。

「だから、うん。な、な、悩みはない、かな。友達がいればいい。それで十分」
 明るいえくぼを顔にのせるアキに胸がキュッとする。
 どれほどの孤独が彼女をここまで導いたのだろうか・・・。
 話した後に自分の言っていることに気付いたのか、アキは急に顔を赤らめ、恥ずかしそうに前髪をいじり、眼を隠そうとした。
 タイミングよくチャイムがなり、教室の空気が変わる。
 ヒロナの頭はポーッとしていたが、ここ数日で、一番早く時が流れた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?