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【小説】 満員電車で彼を想う。


 学校が都心から離れているということもあってか、三年間、通学の電車が満員になることがなかった。とはいえ、座れることは滅多にないのだけど。テレビで見るようなパンパンに人が押し込められるような電車には乗ったことがない。
 冬だというにも関わらず、窓は熱気で曇り、車内には獣が集っているようなモウモウとした空気が充満している。
 ミウは足が浮くかと思うほど、人に囲まれ圧迫されていた。
“く、苦しい・・・”
 近くで大きな人身事故があったらしい。
 振替運転の関係で、その日の通学電車は過去に経験したことがないほどに人が押し寄せた。心のどこかで満員電車に乗ってみたいという気持ちがなかったワケでもないが、いざ当事者になると、不快な思いでいっぱいになる。
 コートを着ているとはいえ、人と接触していることに違和感を覚え、吐気がした。赤の他人と触れ合う機会が日常に転がっているとは知らなかった。
“中草くんだったら、よかったのに・・・”
 『元カレ』と肌を合わせた時の記憶が頭をよぎる。
 途端に頭痛に見舞われ、脳の毛細血管が破裂しそうな気になった。
 時間が経つほど胃が騒ぐような不快感は増す一方で、とうとう耐えられなくなり、一時下車をする。
 ホームの椅子に倒れ込むようにもたれ掛かると、ミウの身体に冷たい空気が流れ込んだ。
 冬は空気が綺麗になるのだろうか。深く呼吸をするだけで、体内から毒が抜けていく気がする。
 しかし、胸の奥につっかえたカタマリが消えることはなかった。
“中草くん・・・”
 元カレの名を小さく呟いてみるが、カタマリの存在感を際立たせるだけだ。
 鼻と口から、とめどなく白い息が流れていく。
 止めようにも止められない。
 気付けば、涙がボロボロと溢れていた。
 ミウは、その日、初めて無断欠席した。

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