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【小説】 ゴーヤとあぐー豚


 大人と子どもの違いは何か。
 そんな話をしばしば聞くが、私の中の答えはシンプル。
 夢を描けるかどうか、だ。
 だから、子どもであっても、夢を描けない子は大人と同じ。それで言うと、ウチのバンドで唯一の大人は、ミウだと思う。ミウは小さい頃から驚くほどの現実主義者で、「はいはい」と言いながら、いつも私の夢に付き合ってくれる。だから、二人でいるとバランスが取れるのかもしれない。
 別にどっちが良いとか悪いとかの話じゃなくて、そんな議論になったら、そう答えているだけ。私は子どもだと思うし、マキコちゃんも子ども。でも、アキちゃんはどちらにも属さない。そんな感じ。

「やっぱり若いっていうのはいいですね。みんなにはエネルギーがある!」

 阿南さんは、胡椒が多めにかかったゴーヤチャンプルーを頬張りながら言った。疲れているのか、なんの料理にも調味料をかけて味を濃くしている。
 店内には三線の陽気なメロディが流れていた。沖縄民謡は、どうしてこんなに心を穏やかにするのだろう。
 レコーディングが無事に終わり、プチお疲れ様会をすることになった。私と、アキちゃんと、阿南さん。たった三人だけの、小さな小さな打ち上げって感じかな。

「阿南さんも若いじゃないですか」

 私はそう言って、ゴーヤを口に放り込んだ。ゴーヤは大人の味がする。苦くて、現実的。“あぐー豚の餃子”の方がよっぽど美味しいし、子どもって感じがする。それでも、ゴーヤを食べるのは、そうしたら阿南さんと対等の立場になれる気がしたから。

「いやいや、ボクは年をとったよ。もう30代も後半だしね。曲なんて作れないし、歌も楽器もできないから」

 鼻の頭をポリポリとかく阿南さんの表情には疲労が見えた。仕事だけの疲れではない感じ。色々なものが積み重なった顔だった。

「いやいや、誰でもできますよ、音楽は。ね、アキちゃん?」

 隣に座るアキちゃんは、まるで話を聞いてないかのように、カーリーフライなる丸まったポテトフライをひたすら食べていた。

「ん・・・、うん!」
「いや、絶対聞いてなかったでしょ!」

 ギターを置き、歌わないアキちゃんは、スイッチが切れている。前髪で顔を隠し、折角のアイドルフェイスが、地味なオタクちゃんに変身してしまう。
 
「お、お、音楽は誰でもできるって、は、話でしょ?」
「なんだ、聞いてたんだ・・・」
「う、うん、誰でも出来ると思うよ。そそ、それが音楽のいいところだもん」

 影みたいに、気配を消しているのに。
 何も聞いてないみたいな素振りをするのに。
 アキちゃんは、全部聞いていた。

「ギ、ギギ、ギターをポロンと鳴らすだけで、お、音楽になる。三線をペンと弾くだけで、お、音楽になる。だ、だだ、誰でも出来る、だから好き」

 カーリーフライを食べながらいうことじゃなかった。
 でも、アキちゃんは口をもぐもぐさせながら、嬉しそうに話した。

「やや、やりたいって思う人はたくさんいるんだけど、だ、誰もやらない。やってみても、ほ、ほ、ほとんどは途中でやめてしまう。つ、つづ、続けてる人は本当に少ないから、ほ、褒められることが多い気がする。音楽って、た、たた、楽しいのにね・・・」

 大人と子ども違いは何か。
 そんな話をしばしば聞くが、私の答えは、いたってシンプル。
 夢を描けるかどうか、だ。
 いや、もっと、正確に言う。
 夢を描き続けられるかどうか、だ。
 
 私は、「確かにねぇ」なんて分かったようなことを言いながら、あぐー豚餃子に箸を伸ばした。

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