【小説】 チグハグの開演前。
私たちはチグハグのまま時を過ごしていた。
私はチグハグを見ないフリをしながら過ごしていた。
自分の作った曲が映画で流れ、CMにかかり、街中を歩いていても聞こえてくる。それだけで私は十分だった。自分の中での優先順位の比重が、ドラム演奏から作曲活動、プロデュース活動に移っていた。バンドでライブをすることよりも、作曲家、プロデューサーとしての活動の方がやりがいを感じ、充足感を覚えていたのだ。
知名度を獲得したことによる影響力が、ここまで追い風を吹かせるとは思っていなかった。やることなすこと全てがニュースになり、注目されてしまう。明らかにバッターボックスに立つ機会が増えていた。三振しても次の打席が用意される。だからこそ、全力でバットを振れた。短期間で圧倒的な経験値を獲得することができたのだ。打率が低くても、何度もバットを振ればボールは当たる。
アキちゃんはソロのアーティストとして楽曲を量産し、マキコちゃんは俳優としての評価を得ていた。俳優活動は想像以上にハードらしく、スケジュールの都合から、大学も中退しなければならなくなったらしい。ミウはエッセイや批評、小説と、文章を書きながら大学生を続けている。文学賞を取る可能性が出てきたんだとか……。
私たちは、若くして売れてしまった。
もう、それぞれの活動を追えるような状態ではなかった。スケジュール調整だけでも困難な状況で、バンドの実態もバラバラになっていた。
数ヶ月ぶりのリハーサル。約一年ぶりのワンマンライブが控えていた。チケットは即完。会場の規模はさらに大きくなっていた。年末年始のテレビ露出、人気バラエティ番組への出演、それぞれの活動が複合的に合わさり、集客という結果に繋がったのだと思う。人気絶頂と言われていた。
しかし、マキコちゃんの撮影の影響で、全員揃ってのリハーサルは一日しかないまま、会場入りしてしまった。照明確認、音響確認をしてる中、私たちは僅かな時間で、合わせなければならない。自分達の楽曲だというのに、スタッフが気を使い、歌詞が表示されるプロンプターまで用意される始末。演奏が身体に染み付いた楽器とは違い、ボーカルは歌詞を正確に届けなければいけないという負荷がある。特にマキコちゃんはボロボロの状態でライブを迎えることになってしまった。
「マキコちゃん大丈夫? 疲れてない?」
完璧主義の彼女は人前では決して疲れを見せない。
この頃になると、唯一疲れを見せてくれていた私たちの前ですら、気丈に振る舞うようになっていた。
「ううん、全然。リハ出れなくてごめんね。みんなにも負担かけちゃって」
「いや、それは平気だけど……」
エンジンを組んだ私たちは、久しぶりに会話をした。
肩を組み、お互いの顔を見回す。もう学生時代とは違う。垢抜けた大人の顔だ。あの頃は、みんなのことは全て知っていた。恋愛のこと、家族のこと、音楽のこと。なにもかもを共有して、笑い合って、励まし合っていた。
「終わったら休めるの?」
「うん、明日は次の作品の衣装合わせが入ってるだけだから、ほぼ休みみたいなものかな!」
「いやいや、それも仕事でしょ!」
ミウがツッコむと、マキコちゃんは「大丈夫、大丈夫」と疲れた笑顔を浮かべた。私たちの知ってるマキコちゃんの表情ではなかった。
「アキちゃんは? この後、なんか控えてるの?」
「あ、う、うん。ソ、ソソ、ソロのライブと、新曲の制作に入る」
アキちゃんは、吃音症が少しだけ再発していた。
でも、誰も、何も言わなかった。
「みんな忙しすぎだよ。ヒロナだって制作が控えてるワケでしょう?」
「まあね、色々と」
ミウは呆れたようにカラカラと笑った。そして、「みんな、すっかり芸能人って感じになっちゃったねぇ」と自虐的に片方の頬を吊り上げる。その通りだと思った。でも、それでいいと思った。おかげで生活も活動も充実してるんだから。
「そういうミウさんだって、立派な作家さんじゃない?」
マキコちゃんの指摘にミウは小さく頷いた。
少しだけ嫌な空気が流れる。
目の隅でアキちゃんが涙を流した気がした。
「ま、久しぶりのワンマンで、こんな会場でライブができるんだから、とにかく全力で楽しもう!」
私は空気を変える快活な声をあげた。自然と床を睨みつけていた。うん、と頷くのが肩から振動で伝わってくる。息が苦しかった。
マキコちゃんの掛け声に合わせて、みんなで声を出し、ハイタッチを交わす。よろしく、と笑い合った後は、それぞれのタイミングでステージ袖に向かった。
薄闇のバックヤード。すれ違うスタッフの一人一人が私にお辞儀をする。私は笑顔を返したが、その間には厚い壁があった。客席から熱気が伝わってくる。空気が震え、熱を帯びている。でも、会場の声を聞くには、耳についたイヤモニを外さなければならなかった。
私の前には冷たい緊張感がある。演奏に対してではない。メンバーの声を、音楽の言葉を掬える自信がなかったから。
吐き気のように悔しやさが込み上げてきた。
最後かもしれない。
このバンドでライブをするのは、これが最後かもしれない。
みんなの音楽が、重なる気がしなかった。
私たちのつながりが、なくなってしまう気がした。
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