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【小説】 数秒の休憩。


 無双状態、という言葉がある。他に敵なし。唯一無二。ライブをするって、まさにそれ。世界から、人が消える。会場にはオーディエンスがたくさんいるのに、私たちだけの声が聞こえる。音にならない私たちの響きが、耳の奥でこだまする。アイスみたく、流れる汗に乗って、自分の身体も溶けていく。みんなが溶けて混ざり合った時、誰にも負けないなって思う。今まで勝ち負けになんて、こだわったことなかったのに、ヘンな感じ。

 一曲ごとに、会場の空気が天気みたいに変わるのが面白い。晴れの曲、雨の曲、霧が立ち込めている曲。今日は、そのどれも出来がいい。特にアキちゃんとマキコちゃんのヴォーカル二人が神がかっている。表情のないアキちゃんに、マーブルみたいな色が見えるし、反対に激情的なマキコちゃんに抑制が効いている。二人のバランスが絶妙だった。大きな波を感じた。このまま行ったら、もっともっと高いところまでいける。さらなる波が押し寄せてくるという確信があった。

 大きく息を吐いて、呼吸を整える。水を飲む。熱くなった身体の中を、冷たい水が流れていくのがわかる。のど、胸、お腹がキンと冷える。それでも身体は火照ったままだ。ほんの数秒の休憩。込み上げる気持ち。やりがいとは違う。達成感、に近いのかな。それも少し違うんだけど、とにかく楽しい。曲が終わるたびに、全身の皮膚が泡になったみたいにパチパチ騒いだ。

 もう、顔を見なくてもわかる。いつ曲始めのキッカケを出すべきか、みんなの背中が準備OKと雄弁に語る。一番最初にミウのサイン。首を傾げるように振っている。次にマキコちゃん、大きく肩が上下する。一番、読みにくいのアキちゃんで、ピクリとも動かず、準備が終わると静止する。スイッチが切れたみたいに、背中が静かになり、タイミングが難しい。でも、この日のアキちゃんは違った。顔を天に向け、ボーッとしてる。これはこれで、よく分からなかったけど、ゆっくり頭が下がってきた。……今だ。


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