見出し画像

【小説】 いつの間にか


 海。山。花火。お祭り。スイカ。お化け屋敷。
 通り過ぎる景色を眺めながら、夏の連想をする。
 高校野球。扇風機。かき氷。バーベキュー。カブトムシ。
 私たちは、夏期講習とバンド活動の両立で精一杯だった。
 夏休みだからといって、毎日バンドの仕事が増えるワケではない。でも、土日には必ずライブが入った。
 フェスと呼ばれる音楽の祭典が、そこかしこで開催される。これも夏の風物詩だ。数多のバンドが出演する。私たちは全国のフェスを飛び回った。
 テーブルの上に参考書を広げてはいるが、どうしても外の景色が気になってしまう。

 小さな島国だと言われても、私には行ったことがない場所がたくさんある。会ったこともない人がたくさんいる。私の知らない言葉や方言がたくさんあって、地域ごとに根付いた未知なる文化があるのだろう。
 手前の景色はビュンビュンと過ぎるが、遠くはのんびりしている。雲にいたっては、止まって見える。でも、きっと私たちが乗ってる新幹線と同じくらいのスピードで動いているに違いない。
 私たちの活動は、他の人からどう見えているのだろうか。
 雲のように、止まって見えるけど、実は物凄い勢いで動いていると言うのが理想的なんだけど・・・。

 「ヒロナ、手が止まってるよ」
 
 前の座席の上からミウが顔を出した。
 ミウは本当に大人になったと思う。精神的な成長はもちろんあるが、やはり彼氏の存在は大きいのだろう。中草くんと付き合ってから、外見まで大人びていった。

 「今は休憩中だったの!」

 「ノートは、は、は、白紙のままだけどね」

 隣に座るアキちゃんが茶化してきた。
 私と一緒になってボーっとしてたくせに。でも、アキちゃんの目の前に広がる参考書には、黒く書かれた文字でビッシリと埋まっていた。いつの間に・・・。
 
 「わかったよ・・・。やるよ」

 目の前の参考書に目を移す。
 やりもしないのに、何科目も参考書を重ねている。座席テーブルが少しだけ軋んでいた。
 一番上に重ねてあったのは英語。
 英語なんてやる意味があるのだろうか。英語が必修科目になったのは、ずーっと昔のはず。お母さん世代でも授業があったらしい。それなのに、我が家では誰も英語を話せなかった。
 これからは世界だ! グローバル化だ! とテレビで騒ぎ立て、いつの間にか国民全員に広がってしまっている「英語絶対」の考え方をやめてほしい。英語の先生だって、学生時代に留学経験があるだけで、世界を股にかけた活動をしてきたワケではない。結婚相手は日本人だったし、考え方だって他の先生との違いは感じないんだから。
 英語教育をしているから進んでいるように見えるが、実際には止まっていることの方が多い。
 車窓から見える山が目に入った。
 握ったペンが一向に進まない。答えを考えようとすると、すぐに思考の中へと潜り込んでしまう。

 「アキちゃん、私たちって、遠くにきたよね?」

 前の席に聞こえないように小さな声を出した。
 アキちゃんは耳を近づけて聞いてくれている。

 「うん、い、い、いつの間にかね」

 「ね」

 そう。いつの間にかね。
 勉強はいくらやっても進まないのに。バンドは練習以上に進んでしまっている。始めてからたったの2年なのに。自分たちのコントロールできないところへ向かっている。事務所に入ること。大人の管理下に置かれることで、こんなにも可能性が広がるなんて知らなかった。

 「ヒ、ヒロナちゃんは? 元いた場所に戻りたい?」

 アキちゃんは私のペンを取り、私のノートにギターの絵を描き始めた。

 「うーん・・・。難しい質問」

 スラスラとストラトギターの絵を描いていく。周りには音符が踊る。ベース。ドラムセットが増えていく。どれも慣れた手つきだ。
 アキちゃんは、ずっと音楽の側にいたんだろう。音楽に恋をして、音楽に想われて。

 「でも、元いた場所に戻っても、バンドを辞めることはしないから、結局は同じことになっちゃうんじゃないかな・・・」

 アキちゃんは絵を見つめたまま微笑み、「わ、わ、私も同じこと考えてた」と答えた。ちょうど顔に太陽の光が当たり、陰影が生まれたせいなのか、彼女が妙に色っぽく見える。光と影が混ざった微笑み。
 ノートにはバンドの楽器だけでなく、トランペットやバイオリンなども足されていた。楽器には表情がないはずなのに、どれも楽しそうに見える。
 でも、そこには人物が一人も描かれなかった・・・。

 「た、た、たぶん、どれだけ抗っても、わ、わ、わ、私たちは絶対に出会ってしまうんだろうし、お、お、音楽の力を借りて、いつの間にか遠くまで旅してしまうと思う」

 旅。
 そっか、旅をしているのか・・・。
 再び外の景色に目を移す。今、どこを走っているかは分からない。ただ、ゴールはある。電車だって、飛行機だって、目的地は必ずあるんだ。
 そう考えると、私たちのバンドにはゴールがなかったのかもしれない。どこを走っているかは分からなくても、目的地を持てば全力で走れるはず。
 じゃあ、ゴールを見つければいい。どこに走っているか。目的地を明確に作ればいい。一気に頭が冴え、グルグルと思考が加速する。
 アキちゃんは小さく、「行くアテのない旅にね」と呟いていた気がするが、私の耳には聞こえてなかった。

 2100字 2時間

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?