【小説】 ファミレス
ファミレスを笑う者は、ファミレスに泣く。
ミウはピザを頬張りながら、こんなことを考えていた。それほど美味しく感じられたのだ。空腹にトマトとチーズが染みる。女子三人とはいえ、小ぶりのピザはあっという間になくなった。ファミレスをバカにしていた人は、この味を知ることなく生涯を終えるのか・・・。そう思うと、やっぱり誰かを笑ったり馬鹿にすることは、一ミリも生産的ではないし、意味もないんだろう。
どのテーブルを見渡しても、食べ物を食べてる時間は会話がなくなるのが面白い。みんな生きるのに必死って感じがする。
さらに各々が注文した料理が届き、黙々と食を進めた。パスタにドリア。それぞれ大きめのサイズを皆でシェアするのが我々のルール。食べたものが胃に落ち、そのままエネルギーに変わっていく感覚があった。
「うーん! や、や、やっぱり食べないとダメだよね!」
一息ついたアキが口を開いた。見た目に反して、彼女が一番の大食いだ。しかも食べるのが早い。再びメニューを取り出して料理を選び出した。
料理を追加するという選択肢が頭になかったから驚いた。「え、まだ食べるの?」と思わず聞いた質問に、アキは淀みなく「うん!」と笑顔で返事した。可愛い。私は久しぶりにアキと食事をしたんだと思う。ヒロナはなんの疑問も持っておらず「まあ、アキちゃんには足りないよね」と言っていた。
「ご、ご、ご飯も音楽も、い、い、いっぱい身体に入れた方がいいって、お父さんが言ってたの。吸収した分だけ、エネルギーが出せるようになるって。そのせいで昔から!」
「まあ、確かによく食べるなとは前から思ってたけど、そこまで食べたっけ? 量が増えたんじゃない?」
「あはは! ミウが知らないところで、アキちゃんも成長してるんだよお!」
「そうそう! た、た、大切な部分は目に、み、み、見えないって言うからね!」
アキは分かりやすくご機嫌な表情で料理を選び、呼び出しボタンを押した。改めて彼女の身体を見ても、どこに食べ物が消えているのか分からない。本当にパフォーマンスにエネルギーが使われているとしか思えなかった。
アキは追加でピザとグラタンを注文した。「いや、ガッツリだな」というツッコミにリアクションもせずに、「あと、チキンも!」と快活に店員さんに言い放っていた。金額とカロリーを計算してしまう自分がいる。きっとアキは音楽活動で稼いだお金の全てを食に費やすのだろう。
次の料理が来るまでの間、ヒロナは話を受験の話に戻した。やっと空腹も落ち着き、会話ができる時間がやってきた。
「私たちは、受験しない組として今まで以上に音楽作らないといけないからね!」
「まあ、受験しようがしまいが、最近はずっと二人で作ってる感じだったでしょ! 私も基本的に全部任せちゃってるし。その分、勉強頑張るよ!」
「うん! な、な、何もお手伝いできないかもしれないけど、ほ、ほ、本当に応援してるから!」
三人のうち一人だけが受験するという事実がようやく現実的になってきた。進学率が高いウチの高校的には嫌だろうなあと、どうでもいいことが気になるくらい、やけに落ち着いている自分がいる。
一緒に勉強ができなくなってしまうことが寂しい。
「ミウなら大丈夫でしょ。うちにも高学歴メンバーがいないと困るからさー! だから、マキコちゃんにも期待してるんだから!」
どんな思考から弾き出された結論なのかは分からないが、とりあえず「ありがとう」とだけ伝えた。すると、ヒロナは「あとさ」と照れたような顔で話を続けた。
「バンド名変えちゃったんだけど、いい?」
「は!?」
「いや、変えたというか、“BAND”って部分を取って、普段呼んでる通りに『HIRON A‘S』だけで活動しようと思うんだよね。てか、ごめん、もう変えることにした! 特に告知とかするワケでもないんだけど、しれっと表記変えてもらうように阿南さんには連絡しちゃった!」
ヒロナがなぜ照れながら発表したのかが分からなかったけど、特に反論はなかった。だから「別にいいんじゃない? “BAND”って付くと、ビックバンドみたいだしね」と言うとヒロナの顔がパッと明るくなった。
「そうなの! いやあ、よかったあ! あれ、バンド名ってミウが考えたんじゃなかったっけ? だから勝手に名前変えたら怒られるかなと思って」
「そうだっけ?」
だからモジモジしてたのか。ヒロナなりに気を遣ってくれていたのだろう。
私がアキの大食いっぷりに驚いたように、たぶん、少しずつ私たちの関係も変わっていくのだ・・・。年を重ねるごとに、さらに変化は大きくなるんだろうな。
「ヒロナ、別に私に気を遣わなくていいよ。バンドのことは全てあんたに任せてるから。無責任というワケじゃなくてね。だからアキと一緒に突き進んで! 受験が迫ってきたり大学が始まったら、もっと大変になるんだから」
こっちの方がよっぽど照れ臭さかったけど、口に出さないといけない気がしたから、伝えることにした。でも、さすがに「私は、あなたのことを絶対に笑わないから」とは言えなかった。こんなキザなセリフ、恥ずかしすぎる。
「ありがと、ミウ。私は、ミウの選択を絶対に笑わないからね! ミウも安心して!」
そうだった。ヒロナはこういう子だった。私ができないことを、平気でやってくれる。言ってくれる。動いてくれる。だから、性格は対照的なのに、ずっと一緒にいれるんだ。
「お待たせしました」と追加のメニューがテーブルに置かれた。
私は思わず笑ってしまったが、真っ先にピザに手を伸ばした。
2200字 1時間47分
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