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【小説】 ポテンシャル


 音楽祭は大成功だった。
 バンドとダンス部のコラボ。合唱や、ブラスバンド、和太鼓などの音楽が続く中、バンドをするだけでも空気がガラリと変わるのに。私たちは、そこにダンスを加え、コンサートホール会場を熱気の渦に巻き込んだ。
 面白いことに、人は空間にあったパフォーマンスをするらしい。広い場所に行けば自然と声が大きくなるし、逆もまた然り。
 しかし、アキちゃんとマキコちゃんのエネルギーは、小さい場所に合わせることができないという欠点があった。だから、ライブハウスのサイズでは観客を圧倒してしまう。それが強みでもあるのだが、狭いゲージに入れられてしまった大型犬のように、ストレスが溜まっているような気がしていた。それは観客も同じで、「三食大盛り天丼を食べるような重さがある」という意見をもらったこともある。あまりのエネルギーの高さは、会場を見極めないと胃もたれを起こしてしまい魅力を殺してしまうのだ。

 コンサートホールで二人はノビノビしていた。特にアキちゃんは、野に放たれた狼のような力強さと美しさがあった。たぶん、この子はもっと大きな会場を埋めることができるエネルギーを持っている。気持ちよさそうに駆け回っているが、そこには大人が子ども相手に遊んでいるような余裕があった。まだ会場に合わせたパフォーマンスをしているのかもしれない。
 対するマキコちゃんは、このサイズが丁度いい。彼女は総合力で闘うタイプ。カリスマ的な華を持ち、容姿やスタイルが歌唱を補っている部分があるため、観客が目で見て伝わる距離でなければならない。そう考えると、おそらくこのサイズが限界だろう。

 それぞれのポテンシャルは全然違う。しかし、不思議なことに、二人が混ざり合うと、全く違う世界へとジャンプするような印象があった。それは、バンドに私とミウがいるという関係が影響しているのかもしれない。
 アキちゃんは、そもそも公園で歌っていたということもあるが、すっかりギターが馴染んだマキコちゃんだって、もう一人で活動することができる。
 二人とも才能に恵まれているのに、バンドで活動をすることに意味を見出している。それがナナメの世界に飛躍する力になっているのかもしれない。これはバンドでしか出すことができないグルーヴ感だと思うし、私たちの魅力になっている。
 でも、だからこそ、考えてしまう。
 このままでいいのだろうかって・・・。

 ライブは大成功だが、おかげで見えてしまった世界もある。手放しに成功を喜ぶことができない自分がいた。

 客席に戻ると、色々な人から声を掛けられた。「可愛かった」「かっこよかった」「ダンスが始まったから、驚いた」と、ほとんどの人が同じ言葉。また、音楽祭実行委員たちからも「音楽祭の可能性を広げてくれてありがとう」と感謝される始末。素直に嬉しいから、その場では全力で喜んだが、内心は複雑。別に可能性を広げようという想いは一ミリもないし、音楽だけでなく、パフォーマンスとしても広い空間を埋めたいという狙いがあっただけ。あくまでも演出の一つとしてダンスがあっただけだから、それにしては、お礼を貰いすぎている気分になった。少しずつ、周りのリアクションと自分の内面がズレてきている気がする・・・。

 音楽祭が終わると、バラし作業をしなければいけない。吹奏楽部と兼用して使っている機材が多かったり、手伝ってくれた照明チームを、今度は私たちが手伝う番。私はバラし時間が、意外と好きだった。
 そこに、阿南さんが現れた。

 「お疲れ様でした。ごめんね。話しかけるタイミングがなくて、今、ちょっとだけいい?」

 他のメンバーも話たそうにしていたが、バラしにも時間があるため、私だけが休憩をもらった。

 「今日の演奏、素晴らしかったよ。あのダンス部とのコラボは、茂木さん演出?」

 「はい!」

 「・・・やっぱり、君はリーダーとしてだけじゃなくて、プロデュースとかクリエイティブの方向の才能も持ってるんだね。それはすごいことだよ」

 驚いた。客観的に大人から自分の素質について言われたことがなかったから。メンバーはみんな知っていたことかもしれないが、自分から話したこともない。あ、ミウにも前に言ったことはあったと思う。「裏方の仕事が好きだ」って。
 しかし、その部分を誰かに評価をされたことがなかったため、素直に嬉しくなった。

 「この春からレコーディングが始まるから、ちょっとバタバタしてしまうかもしれないけど、よろしくお願いしますね! 何か、プロデュース目線というか、やりたいこととかがあったら、ドンドン提案してくださいね」

 「え・・・? あ、はい、ありがとうございます!」

 バラし作業があったから、身体も温まり、腹から声が出た気がする。
 自分の能力を理解してくれて、背中を押してくれる存在がいた・・・。

 「バンド、楽しい?」

 一瞬、何を聞かれているのかが分からなかった。それは、私の不安についてのことを聞かれているのか、それとも、もっと純粋な話なのか。少し困惑してしまったが、答えは一つしかない。

 「・・・はい!」

 「・・・そっか。いいね! じゃ、また!」

 それだけ言うと、阿南さんは帰っていった。
 どういう意味だったのか分からない。
 そもそも、バラしの途中に話すことでもなかった気がする。
 もしかしたら、阿南さんは別のことを話そうとしていたのかもしれない。
 彼の背中を見送っていると、「ヒロナー! 終わったー? こっち手伝ってー!」という声が背中から聞こえた。

 「うん! 今行く!」

 1時間52分 2250字

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