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【小説】 聴いてくれるだけで、変わる。


 練習で何度も聴いてるはずなのに、自分が作った曲のはずなのに、リオンくんがキーボードを鳴らした時、私は鳥肌がたった。震えが走って、息が止まって、身体が固まったようになった。コード進行がメインだから、クラシックみたいな技術はいらないはずなのに、すごいすごい、でっかい世界が目の前に現れた気がした。
 私たち4人は、たった一人のピアニストに夢中になった。防音スタジオが、みんなの心臓の音まで吸収してしまうけど、ここが音楽室だったら、きっと鼓動の大演奏会になっていたと思う。それくらい、胸がドキドキした。
 自分に備わっていない特別な才能を目の当たりした時、ほとんどの女の子は胸をときめかすんじゃないかな。微笑みながらスコアと鍵盤に目を落とすリオンくんは、特別に光って見えた。すると、途中からスコアにない和音やトリルを織り混ぜ、オリジナルのジャズナンバーの演奏が始まった。思わずポカンと口を開ける4人の滑稽な顔!
 
「ごめん、ちょっと遊んじゃった」

 どこがちょっとなんだ、とは誰も言わない。彼の言葉を聞くと、スタジオには4人とは思えないほどの大きな拍手が鳴り響いた。音が壁に吸収される前に、強く強く、手を叩いた。
 本格的なコンサートホールで演奏したことがあるはずなのに、観衆の大波のような拍手をもらってるはずなのに、リオンくんは顔を赤く染めて、恥ずかしそうに横を向いた。この人、こんな顔もするんだ。

「私、こんな風には弾けないよ?」

 不満をこぼすように喋るミウの目は、ハートを形取っていた。まあ、そうなるよね。リオンくんは、ただでさえ美人という形容詞が似合うくらい整った顔をいているのに、こんな演奏ができるなんて、ずるすぎる。いやいやいやと手を振り申し訳なさそうにしている彼を前に、「こんな風に弾かれたら、バンドがいらなくなるから!」とツッコむ。キャッキャとスタジオが盛り上がった。
 その後、リオンくんによるミウのためのピアノレッスンが始まった。外野の私とアキちゃんとマキコちゃんは、その様子を見守ったり、自分のパートを復習したりとまちまち。持て余していた。どうしても二人の様子が気になってしまい、チラチラとみてしまう。ミウは、演奏についてのアドバイスというよりも、指運びを教わっているらしい。ここは小指を使った方が次のコードに移りやすいとか、小学生でも分かるような基礎的なことばかりだったけど、いかに基礎が大事かってことだよね。タタタン、タタタンと私もドラムを軽く叩いた。

「じゃあ、ちょっと一回合わせてみようか?」

 頃合いを見計らい、マキコちゃんがリーダーっぽく声を上げる。生徒会長を思わせる真面目でキレのある声が空気を裂いた。メディアやステージに立っている時と同じ雰囲気をまとい、明らかにリオンくんを意識しているのがわかった。さすが、女優。いつものわがままお姫様はどこへ行ったのやら。彼女の音頭で、それぞれがポジションについた。
 リオンくんはスタジオの隅っこの丸いすに座り、両手を足に挟んでいた。

 スッと緊張が走ったのを感じ、私はドラムスティックを4回叩く。
 誰かが聴いてくれてるだけで、演奏は変わる。自分たちの手から離れていくみたいに、練習の時からは大きく飛躍した曲になる。それがライブの面白い部分。
 アキちゃんの歌声は、朝に響く小鳥の歌声のように美しく、ミウのピアノはやる気に満ち溢れ、期待に応えようとしていた。マキコちゃんは、ギターを得意気にならし、私はいつも以上に笑顔を振りまいている。ヒトって、本当に単純だよね。
 4人の音が、いつも以上に聴こえてくる。アンプからは大きなエレキ音、電子音が鳴っているのに、明確に聴き分けられた。一つに音が揃って、溶けてくみたいだった。全員が同じ方向に進み出したのかもしれない。

 そうか。そういうことか。そりゃそうだよね。
 だって、この曲はリオンくんのピアノに出会って、できた曲だから。
 そのピアノを目の当たりにしたんだもん。
 言葉では通じない、感覚が通じ合ったのだ。
 
 

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