【小説】 辞めたい
【ミウ】
ヒロナが学校を休んだ。体調を崩したらしい。体調不良で学校を休むなんて、小学校以来かもしれない。
「お見舞いに行かない?」とマキコを誘ったが、断られてしまった。メールをしたら「来ないでいい」と返信が来たからだそうだ。
「まさかヒロナがダウンするとはね・・・」
来ないでいいと言われても、家が近い私はお見舞いに行く。アキは何も言わずについてきた。すっかり衣替えも終わり、電車内は冷房がかかっている。
「つ、つ、疲れが出ちゃったんだろうね」
「まあ、最近、詰め込みすぎてる感じもするしね・・・」
ヒロナは過労だけでなく、心も疲れているようだった。
マキコがバンドに対してストイックになり、アキに対する露骨な対抗心を燃やしたせいだ。そのことで、明らかにバンド内の空気が悪くなっている。
「た、たた、た、たぶん、私とマキコちゃんのこともあるから、な、な、な、なおさらなんだと思う・・・」
私から話を切り出さずとも、アキは分かっていた。
バンドがどんな状況になっているのか。自分がどんな立場に置かれているか。全て理解しているようだった。
「そのことについて聞きたかったんだけどさ。アキはマキコのことどう思ってるの?」
「レレ、レ、レコーディングの日から、あ、あ、明らかにマキコちゃんが私のことを、さ、さ、さ、避けてるのは分かってたよ。その原因も、なんとなく・・・」
「まあ、そうだよね」
「だから、し、し、し、正直・・・、バンドを辞めたい」
一瞬、時が止まった。
音がないのに、車窓から見える風景だけが右から左へ流れていく。
「え・・・?」
息が止まっていたみたいに、空気が一気に身体に流れ込んでくる。
「も、も、も、もちろん、マキコちゃんが音楽に熱中してくれるのは、う、うう、う、嬉しいけど、それでバンドが楽しくなくなるなら、わ、わ、私は辞めたい」
まさか、アキの口から、こんなに強い言葉が飛び出してくるなんて。普段が穏やかな分、衝撃が大きすぎた。
「それ・・・、まじ?」
アキは何も答えずに黙ってしまった。頷くこともしないで、ぼんやりと窓の外を眺めている。何を考えているのだろう。今の言葉は嘘だったのだろうか。
表情に感情が見えてこない・・・。
「え、冗談だよね・・・?」
返事がこないことは分かっている。それでも、聞かずにはいられなかった。
アキが辞めたら、バンドは間違いなく解散になる。ヒロナも阿南さんも継続するという選択をするワケがない。アキと出会ったから始まったバンドなのだ。アキの才能があってこそ成立している。
そんなこと、アキだって分かっているはずなのに。それも承知で言ってるのだろうか・・・。
「ねえ、アキ・・・!」
私がいくら強い視線を送っても、彼女は私の目を見なかった。目だけが外の景色を追って左右にキョトキョト動いているだけ。
挑発的な無視をしたことに、感情が昂ってくるのを感じる。思わず下唇を噛み締めてしまい、口の中に甘い味が広がった。
目を閉じて、気持ちを落ち着かせるため、深く深呼吸をする。車内にほんのり香る汗の匂いが呼吸の邪魔をしたが、瞬時に口と鼻の呼吸を切り替えて、なんとか息をした。
目を開けて、彼女と同じく車窓の外に目線を移し、時が過ぎるのを待つ。
もう、待つしかないのだ。
最寄り駅に着く直前。彼女は、やっと口を開いた。
「・・・冗談だよ」
1400字40分
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