何気ない一日に深まる絆(ミウ)

【緒方ミウ】

 「そういえばさ、なんでアキって、入学式に歌ってたの?」
 私たちは、昼休みになると、谷山アキのいる1年2組に集まるようになった。
 懸念していた通り、アキはクラスに馴染むことができず、いつも一人ぼっちで過ごしているらしい。初めての中間テストが終わったにも関わらず、授業の合間には歌詞ノートや作曲ノートを黙々と書いているというのだから当たり前かもしれない。イラストや読書であれば、似た趣味を持つ子もいたのかもしれないが、入学早々、曲作りに没頭する人は学年中を探してもアキだけだった。
 本人には、私とヒロナが側にいるという安心感があるのか、クラスに馴染めないことを気にする素振りもまるでない。
 それでも彼女に興味を持つ子が数名いたのは、隠れたアキの容姿に惹かれた人たちだろう。
 アキはメイクやオシャレにまるで興味がなく、地味な雰囲気が漂っているが、実は驚くほど容姿が整っていた。
 歌う姿は可愛く、普段は美人という印象だ。
 しかし、いくらダイヤの原石であっても、アキ独特の“会話の間”が皆の調子を崩してしまうのか、すっかり「変な子」「不思議ちゃん」というラベルを貼られてしまっていた。
 
 「え・・えっと・・・お、お父さんに・・・報告してたの」
 「報告?」
 お手製の綺麗な三角形で作られたサンドウィッチを頬張りながら聞いた。
 ヒロナは、その横で母自慢の肉巻きおにぎりというヘビーな食事と苦闘していた。
 
「うん・・・私ね・・・お、お父さんを・・・」
 アキは小学校時代にお父さんを病気で亡くしたそうだ。
 お父さんはスタジオミュージシャンでギター担当だったらしい。家にはミュージシャン仲間が集まり、一人っ子だったが、大人たちと音楽に囲まれていた。
 若かった父親は、アキにとって友達のような存在でもあり、ギターを教えてくれたり、歌を教えてくれたり、友達の作りかたを教えてくれるような関係だったそうだ。
 父の死後、あまりのショックに、それから約一年間は失語症になってしまったらしい。 
 でも、言葉を失っても、弾き語りをしているときだけは声が出たそうで、それをキッカケに音楽を始めた。

 「そ・・それで、無事に入学できたよって・・・すぐ・・・報告したくなっちゃって」
 「そうだったん・・・」
 「そっかー! じゃあ、アキちゃんパパのおかげで私たちは出会うことが出来たんだね!」
 ヒロナは肉巻きおにぎりを無理やり口に押し込めてから、カラッと笑った。
 動物的な反射神経で言葉を発するヒロナには何度もヒヤヒヤさせられてきたが、直球で投げられる言葉には力があった。

 「そそ・・・そうだよ!」
 「アキちゃんパパありがとうだね! アキちゃんはパパの遺伝子をバリバリに受け継いでるんだから! ねえ、今度お線香あげに行ってもいい? お礼伝えないと!」
 「あ、私も!」
 普通だったらアキの思い出に同情し、感傷的な気分になるはずだが、ヒロナは「お線香あげに行ってもいい?」と聞くことができる。「ありがとう」と素直に伝えることができる。
 ヒロナは、私の言葉を取っていった。

 「え、そんなこと・・・い、い、言われたの・・・は、初めて」
 アキの目にはあっという間に涙の滝が溜まった。鼻までも赤く染まっていたが、口をキュッとしめて堪えていた。
 「あれ? アキちゃん? ちょっと、なんで泣くのよ!」
 ヒロナがケラケラ笑いながらアキの頭を撫でると、ボロボロと大きな涙の粒が彼女の頬をつたった。アキが涙を止めようとするほど源泉は溢れ出し、文字通り滝のように温かい水が流れた。
 アキがこれまでに何を溜めていたのかは分からない。
 言葉を失い、歌で表現することでしか、自分を保つことが出来なかったのかもしれない。
 彼女にとって、音楽は生きる手段だったのだろう。
 
 自分の想像の範疇を超えるアキの話に、私はついていくことが出来なかった。
 まだ、アキのことが分からない。どれほどツラかったのかを理解することも出来ないし、ヒロナのように素直に言葉を伝えることも出来ない自分が嫌になった。

 「え、ちょ、ちょっと・・・ミウ? ど、どうしたの?」
 「ん? は? もー! なんでそうなるのよ! 私が泣かせちゃってるみたいじゃない!」
 私の涙は小粒かもしれない。鼻だって、アキほど紅くは染まらないだろう。口をキュッと閉めれば、蛇口をしめるように涙も止まるかもしれない。
 でも、ゆっくりだけど、砂時計のように、ろ過された水のようにポタポタと溢れる水が私なんだ。
 知ることができなくたって、伝えることがヘタクソだって、感じることだけはできる。
 目の前にいる二人の天才は、私の気持ちを理解してくれる。

 「私、ヒロナとアキが好き」
 自分でも何を言っているのかわからなかった。
 親や先生や他の友達には伝わらないことでも、この二人にだけは伝わる気がした。

 中間テストが終わって1週間ほどたった何気ないお昼休み。
 
 私たちの絆は少しだけ深まった。
 



1時間53分・2025字

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