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【小説】 死んだ気で生きる。


「どうして音楽を作り続けるのですか?」

 真っ白なスタジオの中。私はカメラの前に立っていた。バシャリ、バシャリと眩い閃光が目をくらませる。インタビュアーの言葉の端々から、アキちゃんに対する、初出しエピソードを引き出したいという下心が透けて見えた。
 私はただ苦笑するしかなかった。

「バンドが解散されてからも、HIRONAさんは、作曲家・プロデューサーとして大変多くの楽曲を制作なさっている。その原動力をお聞かせいただければと思うのですが……?」

 インタビュアーは、常に頭を上下に動かしていた。赤べこみたいだと思った。でも、赤べこほど可愛くはない。目元にかかる前髪の奥からは、尖った瞳が光っている。死肉を食す、スカベンジャーのような恐ろしい目だ。何より私を気味悪がらせたのは、目の前に座る男の口元に矜持が滲んでいることだった。
 うんともすんとも言わない私に、男は少し苛立ちを見せた。

「メンバーの皆さんのその後の活躍も凄いですよね。女優、作家、そして作曲家だなんて。改めて『HIRON A’S』は奇跡のバンドだったと思いますよ。あの事件さえなければ、伝説のバンドになったと思います」
「そうかもしれないですね」

 私の言葉の意味と、男の解釈した意味とは全く違っていたと思う。それでも別に構わないと思った。会話を交わすほどに、私の心は悲しくなった。説明する気にもならなかった。

「他の皆さんは音楽から離れて新たな世界で活躍なさっています。しかし、HIRONAさんだけは、いまだに音楽業界に身を置いている。そこには、並々ならぬ想いがあると思うんです。ぜひ、そこらへんについて、お話伺えないでしょうか?」

 ますます寂寞し悲しくなったが、これ以上、質問されても困る。だから私は、うーんと唸った後、人当たりのいい微笑みを浮かべて答えた。

「仕方がないから、ですかね」
「仕方がない?」
「ええ」
「強い責任感や、使命感があるわけではなくて?」

 パチパチと火花が散ったみたいに、私の心が小さく焼け焦げた。この男の言葉が痛い。インタビュアーとしての意図は分かるが、人間としての非常識さに理解ができなかった。

「ないですね。それは」

 それが本心なのかどうかは自分でも分からなかった。
 アキちゃんの死が常に私の心に居座っている。
 不安でたまらない日々がずーっと続いている。

「音楽をやめようと思ったんですけど。そうしたら、何もする気にならなくて。それじゃあ仕方がないから音楽を作っているんです」

 繰り返し繰り返しアキちゃんの死因について考えた。当時は、頭の中がリオンくんのことでいっぱいになっていた。恋の一字に支配されていたせいだ、と信じて疑わなかった。失恋と死を直接的に結び合わせて考えていたのだ。彼と彼女の呪縛に苦しみ、逃げ出すかのように私はリオンくんとも離れる決断をした。しかし、時が流れ、落ち着いた気分になると、そう簡単な問題でもないような気がしてきている。

「それでも曲を作ったからといって、別に満足するワケでもないんです。理想と現実とは常に衝突を続けていて、いつまで立っても不十分な気がするんですよ」

 アキちゃんは淋しかったのかもしれない。
 決して理解し合えない人間同士に、悲しくなったのかもしれない。
 世界で最も信頼できる仲間と出会えた。そう思っていた。それがバンドだった。音楽が目的なのではない。人との繋がり、理解がバンドの底には流れていた。友情を超えた、愛のカケラを手に入れたように思っていた。
 時と共に関係がバラバラになったとしても、きっと理解し合える手段はあった。手段はあるのに、理解させる勇気が足りなかった。それがますます悲しくさせたのかもしれない。世の中に自分一人が切り離されたように思っていたのかもしれない。

「確かに音楽にゴールはないのかもしれませんね」

 男の空虚な言葉に、ハッとした。
 私の胸の中も空虚になっている。自分の心がアキちゃんの心に近づいている気がしてゾッとした。
 私は罪の意識を深く感じていた。それは、アキちゃんに対するものではなかった。もっと大きくて先が見えない、人間に対するものかもしれない。その正体は分からない。その感覚、その感じが、私に音楽を作らせているのかもしれない。その意識が私の胸にアキちゃんを宿しているのかもしれない。自ら望んで、淋しさの中に飛び込んでいるのかもしれない。

 気付けばインタビューは終わり、私はメイクを落としていた。
 鏡の中にいる自分に、私は歯を食いしばりながら笑いかけてみた。
 どうしようもなく歪んでいたけど、ちょっとだけ心がゆるんだ。
 私は仕方がないから、死んだ気で生きようとしているのかもしれない。


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