【小説】 セミくん
セミの声。あんな小さな身体なのに、夏の景色のBGMになるほど大きな音を出せるなんて、凄い。
「セミくん、きみ、とまる場所間違ってるよ」
コンビニの前に立つ、広告フラッグにセミがとまっていた。
風に煽られて、パタパタとフラッグが揺れても、セミはお構いなしにジリジリと鳴いている。
なんとなくだけど、この子の命は長くないのかもしれないと思った。木々を見失い、仲間を見失い、ようやくとまることが出来たのかもしれない。
それでも、セミは生きることをやめなかった。
最後の最後まで、鳴き続けるのだろう。
「セミくん、きみが羨ましいよ」
夏期講習とバンド活動に追われ、バタバタしてる夏休みにポッカリと空いた久しぶりのオフ。いつもなら友達と遊ぶところだが、みんな受験生をまっとうしている。
家でじっとしているのが苦手だから、目的もなくプラプラと散歩をするしかなかった。日焼け止めクリームをしっかり塗って。
誰に会うワケでもないから、肌を露出した服を着てみる。一目惚れして買った洋服なのに、着るタイミングを逃していた。
「セミくん、私は全力で・・・」
コンビニの前を大きなトラックが通過した。車と一緒についてきた風が一瞬だけ強く吹く。私にとっては通り過ぎていく日常の一コマかもしれないが、フラッグにとまるセミにとっては一大事。フラッグはバタッと大きく揺れて、セミは振り落とされるように地面に落っこちてしまった。
「あ・・・」
セミはピクリとも動かない。お腹を天に向けている。
さっきまであんなに全力で鳴いていたのに。一瞬の出来ごとだった。
「おーい、セミくーん・・・」
少し屈んで、小さな声で話しかけてみる。肌が太陽に焼けているのを感じるが、日焼け止めクリームよ、頑張ってくれ。
声が届くかは分からないが、人の気配を感じて、再び動くかもしれない。
「セミくーん・・・」
コンビニに入っていく客は、私のことを不思議そうな目で見ている。若い女の子が地面に倒れたセミに話しかけているんだから、当然っちゃ当然だ。
セミに触れてみたい。でも、怖い。
「セミくん、死んじゃったの・・・?」
とうとう、しゃがみ込んでしまい、セミと対峙してしまった私。
セミは動かない。でも、人間みたいに瞼があるワケではないから、黒い目は地面の奥を見ているみたい。
すっかりコンクリートで覆われてしまっているが、キミは土の中から出てきたんだよね。キミの故郷はどこにあるの。私がそこまで案内しようか。
心の中でたくさん話しかけてみたが、セミは何も応えない。
「セミくん、キミはどんな生涯だったの? 家族はいるの? 寂しくない?」
たぶん、私は生きる目的を見失っていたんだと思う。毎日やることが多すぎて。時間に追われる毎日を過ごして。だから、疲れていた。
早く大人になりたい。誰の指示を受けることなく、自分の時間を自分で管理したい。
「セミくんは、フラッグにとまっている時に、何を考えていたの?」
セミの死に重ねて、自分が死ぬ時のことを妄想してしまう。
私は死ぬ直前に何を思うのだろうか。産んでくれた親への感謝の気持ちが湧くのか。それとも、結婚していたら旦那さんのことか。もしかしたら、子どもや孫のことを思うのかな。お葬式にはどれくらいの人が集まるんだろうか。そのとき、みんなはどんな顔をしてるんだろうか・・・。
「私にはきみがカッコよく見えたよ。自分のやるべきことが見つかってるというかさ。環境を変えながら、全力で生きたね。しかも、そんな小さな身体なのに、人に『うるさい』って思わせるほどの声を出せるなんて、本当にすごいよ」
セミは虫だ。分かってる。
でも、もしかしたら、私みたいに考えることができるかもしれない。私の言葉を理解するかもしれない。
フラッグにとまったこと。大きな声で鳴いたこと。私がセミを見つけたこと。トラックが通ったこと。地面に振り落とされたこと。
全てが“偶然”というだけで片付けるには、あまりにも乱暴な気がした。
セミは、私に何かを伝えようとしていたのではないだろうか・・・。
「きみは、もう最期の命だって分かってたんだろうね。それでも鳴くっていう選択をしたんだよね。自分のできることを、精一杯やり切ったのかな」
自分のできることね・・・。
関心があることと、できることはまるで違う。
虫や動物みたいに本能に従い生きていくことができればいいのに。
私が「できること」って一体なんだろう・・・。
「私は、毎日をこなしていても、最近、充実感がないんだ。『時間が経つのが早いことは、充実してるから』なんて言われたりもするんだけどさ。そうじゃないと思うんだ・・・」
セミがピクリと足を動かした。そして、小さく「ジッ」と喋った。
「セミくん・・・?」
思わず手を差し伸べてしまった。すると、セミは「ジジジッ」と大きな声を出して身体をバタバタさせながら再び空を舞った。
「きゃっ!」
突然の出来事に私も大きな声を出してしまったが、目線はセミを追っている。
セミはフラフラと飛び、電柱や家に身体をバシバシぶつけながらも、何かを探しているように飛んでいた。もしかしたら、自分の故郷を探しているのかもしれない。
「・・・」
セミと対峙した時間はどれくらいあったのかは分からない。足が痺れていたから、それなりに経ったのだろう。
セミが見えなくなった空を見上げている数秒。
なんだか、とても充実した時間を過ごした気がした。
2200字 1時間40分
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