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【小説】 みちときち


 未知より既知、だから認知だ。
 ヒロナは最後の音楽祭で確信した。人は知らないモノには興味を抱かない。だから合唱曲「気球に乗ってどこまでも」は客席に受け入れられた。
 では自分達のバンドはどうか・・・。

 目の前には、楽器を手にした女の子が並んでいる。スポットライトを浴びながら、“私はここに立っている”と叫んでいた。私たちの代表曲と言っていいのか、一応テレビとかでもかかった曲。次に控えてる曲も、新曲ではない。初めてのライブで披露した曲。私たちの最初の曲だ。
 同級生も先生も、みんなが知ってる曲を選んだ。何度も何度も歌ってきたから、自分達は飽きていたけど、高校生活を締めくくるには、やっぱりこれしかない気がした。
 未知より既知だから。
 
 これから先、私たちに必要になってくるのは、認知度だ。より多くの人に楽曲を届けることだ。これをせずには何も始まらない。
 カラオケだってなんだって、知ってる曲が盛り上がる。世代で流行る曲がある。だから、なにより先に認知度なのだ。

 では認知の先に何があるのか。
 ヒロナは答えを出せずにいた・・・。


 曲が終わると、客席からピーピーと指笛が鳴ったり、私たちの名前を呼ぶ声が飛んできた。ちょっと茶化すような音に聞こえた。カラフルな照明がフッと収まると、演奏中とは違う空気をハッキリ感じる。ライブのお客さんとは違い、みんな、ただの高校生だった。その事実がベッタリと客席にはりついていた。
 ここにいる人たちは、曲を楽しんでいる訳ではなく、同じ高校の生徒であることを楽しんでくれているのかもしれない。でも、そりゃそうだよね・・・!

「この明月高校で、たまたま私たちは出会いました。たまたま同じ高校に入っただけで、たまたまバンドを組みました。そして、たまたまこの音楽祭を見に来ていたマキコちゃんが、たまたまメンバーに加わり、たまたま賞をもらったり、たまたまスカウトをされたり・・・」

 精一杯のアキちゃんのMCに客席からクスクスと笑いが起こる。バカにするとは違うんだけど、なんだか笑われてるって感じのクスクスだった。

「たまたまって何回言うのよっ・・・!」

 マキコちゃんの鋭いツッコミで会場が盛り上がった。これで変な空気にオチがつく。さすがとしか言いようがない。空気を読まず、自己主張の激しかったマキコちゃんが、ここまで成長するなんて。本当にいいコンビになったと思う。

「ご、ごめんなさい! な、な、何が言いたいかというと・・・」

 アキちゃんが静かな間をとると、客席には小さな緊張が流れた。背もたれから上体を起こさせる不思議な力。歌でも同じだが、これがアキちゃんのペースなのだ。照明がスッと暗くなり、ぼんやりとアキちゃんだけにピンスポットが入る。熱を冷ますような暗さが漂う。空気を読んで、独断で照明を作ったのだろう。照明担当は野口くん。もう、最っっっ高の演出!
 ほんの一瞬で、アキちゃんは場を掌握した。

「ドラマとか小説の世界では“偶然”は一度しか使えないっていうけれど、現実の世界では偶然の連続だってことです。だから、これから先、どんな未来が待ってるかなんて分からないけど、自分のできることと向き合って、偶然に身を委ねていこうと思います! またどこかで会いましょう!」

 客席の後ろから拍手が押し寄せた。だから時差があった。
 拍手のピークを感じたところでマキコちゃんが口を開く。

「それでは聞いてください・・・!」

 その合図で私はドラムスティックを叩く。
 ああ、気持ちのいいタイミング!
 ギターがジャーンとロックンロールみたく鳴り、ベースの低音が心臓に響く。
 たぶん、この演奏は、凄いことになりそうだ。
 私たちの高校最後の曲が始まった。

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