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【観察記録】サリサワ・ワイ2


「やっぱり人とは違うって思われたいじゃん?」
 サリサワ・ワイは、久しぶりにお酒を飲んでいた。
 顔色を変えずに、次から次に、お酒を頼む。
 サイコロを二つ振って、出た目によってグラスのサイズが変わるという、チンチロリンなんとかを何度も楽しんだ。
 メガサイズのジョッキに注がれた大量のお酒が、サリサワ・ワイの胃袋に流れていく。

「別に目立ちたいワケじゃないんだけど。やっぱりアイツは凄いって思われたいというか。だからさ、具体的にやりたいことはないんだけど、とにかくビックになりたいんだよね」
 酒量に比例するように、サリサワ・ワイは饒舌になっていく。
 話し方から、視線の送り方まで、当時と何も変わらない。
 そして、印象的な笑顔もそのままだ。
 しかし、彼女の左手の薬指には、キラキラと光るものがある。
 サリサワ・ワイは、ママになっていた。

「まあ、子どもが大きくなってからの話かもしれないけど、ゆうてもウチ、早くに産んでるから、子どもが大きくなってからも仕事は始められるかなって思うし。てかさ、ウチって子どもいるように見える?」
 会おう会おうと連絡だけは取っていたが、再会するまでに随分、時が流れてしまった。
 彼女は、いつの間にか結婚して、いつの間にか一児の母になっていた。
 サリサワ・ワイの子どもには、知的障害があるらしい。

「え、やっぱり、いなさそうに見える? それ、褒め言葉なんだけど! なんか、インスタとか見てても、子どもが自閉症だと、親は楽しそうにしてちゃいけない! みたいな空気があるのが凄い嫌で。ウチはポジティブだから、そういうの気にしないで、体型とかファッションにも気をつけてるんだよね。やっぱりファッションは好きだし。だから、子どもいなさそうって、褒め言葉だと思ってるんだ」
 サリサワ・ワイのトロンとした目の中に、怒りと悲しみが混じった色が見えた。
 何かを拭い去りたいという思いがあるのだろうか。
 やけ酒のように、また、お酒を注文した。

「でもさ、ウチなんて旦那と出会って三ヶ月で子どもできちゃって、それで結婚することになったから。それで子どもに知的障害があるって知らされて。ぶっちゃけ、今、フリーだったら、やれたことはいっぱいあるんだろうなあって思うよ」
 ある一点を見つめながら、サリサワ・ワイは自ら話し始めた。
 ポジティブと自称する割に、目の奥が潤んでいる気がする。
 声も震え、今にも壊れてしまいそうだ。

「まあ、お金はあるし、生活には困ってないけど。最近、旦那は浮気するし、ママ友も、みんな普通の人たちだから。・・・なんか、ね」
 サリサワ・ワイから、不幸なオーラは一切漂っていない。
 港区女子と言われても誰も疑わない落ち着いたブロンドの髪色や、ネイル、アクセサリーが上品に光っている。
 誰が見たって幸せそうだ。

「でもさ、全部がタイミングなんだと思うよ。子どもだって、ウチがママじゃなかったら育ててもらえないと思って、ウチのところに来たんだと思うんだよね。ウチんところだったら、お母さんとお姉ちゃんも一緒になって支えてくれるからさ。4歳になっても、まともな言葉は喋らないけど、ずっと幸せそうな顔してるしね」
 サリサワ・ワイは、現実を丸ごと受け入れていた。
 その上で、必死になって“好きになろうとしている”ように見える。
 過去には戻れないことを知っているから。
 自分を変えて、世界を変えようとしている。
 これこそが、彼女の魅力なのかもしれない。
 
「人生って、そんなもんなんだよ」
 そう言うと、サリサワ・ワイは、メガジョッキに半分以上残るお酒を、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
 飲みたかったのだろう。
 吐き出したかったのだろう。
 そんな日もあるよ。

「でもね、私は、諦めてないから。普通のまま人生を終わらせるつもりはない」
 帰りの電車で、サリサワ・ワイは力が抜けたように、寄りかかってきた。
 夜の車窓に美女と野獣の姿が映る。
 眠る女性に肩をかす、男。
 ただの記号に過ぎない。
 ボクとサリサワ・ワイは釣り合わない。

 でも、今日くらいは・・・。

 ボクは彼女の支えになりたいと思った。

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